13. 複素解析的対象と代数的対象
13.1 正則方程式と多項式方程式は同じか
複素幾何では正則関数 \[ f_1,\ldots,f_r \] の共通零点を考える。代数幾何では多項式 \[ P_1,\ldots,P_s \] の共通零点を考える。多項式は正則関数なので、 \[ \text{代数的} \Longrightarrow \text{複素解析的} \] という向きはすぐに分かる。
逆向きはどうだろうか。複素解析の剛性を見てきた読者なら、正則方程式で定まる集合も多項式で定まるのではないか、と期待するかもしれない。しかし非コンパクト空間では、これは正しくない。
\(\mathbb C^2\) の部分集合 \[ \Gamma_{\exp} = \{(z,w)\in\mathbb C^2\mid w=e^z\} \] は正則関数 \(w-e^z\) の零点集合なので、閉複素解析的部分集合である。ところが代数的ではない。
もし非零多項式 \(P(z,w)\) が \(\Gamma_{\exp}\) 上で消えるなら、 \[ P(z,e^z)=0 \] が全ての \(z\in\mathbb C\) で成り立つ。\(P\) を \(w\) の多項式として \[ P(z,w) = \sum_{k=0}^d p_k(z)w^k \] と書けば \[ \sum_{k=0}^dp_k(z)e^{kz}=0. \] 最大の \(k\) で \(p_k\neq0\) となるものを \(d\) とする。実軸上で \(e^{dz}\) で割り、\(z=x\to+\infty\) とすると \[ p_d(x) + \sum_{k<d}p_k(x)e^{-(d-k)x} =0. \] 和の第二項は指数的に零へ近づくため、多項式 \(p_d(x)\) も零へ近づかなければならない。しかし非零多項式は \(x\to+\infty\) で零へ近づかない。矛盾である。
したがって \[ \boxed{ \text{非コンパクトな複素空間では、解析的対象は代数的対象よりはるかに多い。} } \] ## 13.2 「解析的部分集合」の意味
複素多様体 \(X\) の閉部分集合 \(A\subset X\) が複素解析的であるとは、各点 \(x\in X\) の近傍 \(U\) で有限個の正則関数 \[ f_1,\ldots,f_r\in\mathcal O_X(U) \] が存在し、 \[ A\cap U = \{y\in U\mid f_1(y)=\cdots=f_r(y)=0\} \] と書けることをいう。
この定義は局所的である。空間全体を一組の大域正則関数の零点として書けることまでは要求しない。また零点集合は特異点を持ってよい。Jacobi行列の階数が一定なら局所的に複素部分多様体になるが、階数が落ちる点では特異性が現れる。
たとえば \[ \{(z,w)\in\mathbb C^2\mid w^2=z^3\} \] は原点で尖点を持つ解析的集合であり、同時に代数的集合でもある。本章の比較は滑らかな多様体だけでなく、このような特異空間を含めて述べる必要がある。
13.3 射影空間では斉次式を使う
\(\mathbb{CP}^n\) の点は \[ [Z_0:\cdots:Z_n] = [\lambda Z_0:\cdots:\lambda Z_n] \] である。通常の多項式 \(P(Z)\) の値は代表元に依存するが、次数 \(d\) の斉次多項式なら \[ P(\lambda Z) = \lambda^dP(Z). \] したがって \[ P(Z)=0 \] という条件は代表元によらない。
定義
複素射影代数集合とは、斉次多項式族の共通零点として \[
V(I)
=
\{
[Z]\in\mathbb{CP}^n
\mid
P(Z)=0
\text{ for all }P\in I
\}
\] と書ける部分集合をいう。既約な射影代数集合を射影代数多様体と呼ぶ規約が一般的だが、「多様体」を滑らかなものだけに使う文献もある。本書では必要に応じて滑らかさを明記する。
斉次多項式 \(P\) は単なる座標依存の関数ではない。前章で見た通り、 \[ P\in H^0(\mathbb{CP}^n,\mathcal O(d)) \] という線束の切断であり、その零点集合を定める。
13.4 射影空間上の大域正則関数だけでは足りない
コンパクト連結複素多様体上の正則関数は定数である。実際、正則関数 \(f:X\to\mathbb C\) に対して \(|f|\) はコンパクト性により最大値を取り、最大値原理から \(f\) は定数になる。
特に \[ H^0(\mathbb{CP}^n,\mathcal O)=\mathbb C. \] それなら射影空間内の部分集合を正則方程式でどう定義するのか、という疑問が生じる。答えは二つある。
- 解析的部分集合の定義では、局所正則関数を使う。
- 射影代数幾何では、線束 \(\mathcal O(d)\) の大域切断を使う。
斉次多項式は射影空間上の大域関数ではない。異なる局所枠で係数が変わる、線束値の大域切断である。線束を導入したことで、コンパクト空間上でも豊富な「方程式」を持てるようになった。
13.5 Chowの定理
非コンパクトな \(\mathbb C^n\) では、指数関数のグラフのような非代数的解析集合があった。射影空間では状況が劇的に変わる。
重要な非自明結果(Chowの定理)
\(\mathbb{CP}^n\) の閉複素解析的部分集合は射影代数的である。すなわち斉次多項式族の共通零点として表される。
閉性を落としてはいけない。たとえばアフィンchart \[ U_0\cong\mathbb C^n \] の中では非代数的な解析集合を作れる。それを \(U_0\) の部分集合として射影空間へ入れても、射影空間内で閉じているとは限らない。無限遠でどのように蓄積するかが問題になる。
何が非自明か。
解析的部分集合は局所正則関数で定義され、正則関数には無限級数が許される。一方、代数的部分集合は有限次数の斉次多項式で定義される。コンパクトな射影空間の中では、この見かけ上はるかに広い解析的自由度が、最終的に有限次数の代数方程式へ拘束される。
証明概略。
古典的証明では、解析集合の次数や射影を調べ、適切な線形射影のもとで多価関数として現れる枝の基本対称式を作る。それらは一価の有理関数となり、解析集合を多項式方程式で回収する。現代的には、解析的サイクル、連接層、十分大きい次数の切断を用いる証明もある。
技術的核心は、射影空間のコンパクト性と正値線束 \(\mathcal O(1)\) が、解析的対象に有限性を与えることである。ここでは完全証明は行わず、仮定の「射影空間内で閉じている」を保持して定理を使う。
13.6 KodairaとChowをつなぐ
Kodaira埋め込み定理により、正値線束を持つコンパクト複素多様体 \(X\) は \[ \Phi:X\hookrightarrow\mathbb{CP}^N \] と正則に埋め込まれる。\(X\) はコンパクトなので \(\Phi(X)\) は閉集合であり、正則埋め込みの像は閉複素解析的部分多様体である。
Chowの定理を適用すると \(\Phi(X)\) は射影代数的である。したがって \[ \boxed{ \text{正値線束} \Longrightarrow \text{射影埋め込み} \Longrightarrow \text{射影代数多様体} } \] となる。
Kodairaの定理だけでは「射影空間の正則部分多様体」であることまで、Chowの定理がその像は実は斉次多項式で定義されることを保証する。二つの定理の役割を混同してはいけない。
13.7 集合だけ一致すれば十分か
Chowの定理は、閉解析的部分集合が代数的部分集合になると述べる。しかし幾何学では集合だけでなく、その上の関数、線束、ベクトル束、層、コホモロジーも使う。
射影代数多様体 \(X\) から、その複素点に通常の複素解析的位相と正則関数の層を入れた解析空間を \[ X^{\mathrm{an}} \] と書く。代数的な連接層 \(\mathcal F\) からは、その解析化 \[ \mathcal F^{\mathrm{an}} \] が得られる。
ここで次の問いが生じる。
- 解析的な正則ベクトル束は代数的ベクトル束から来るか。
- 代数的層の間の正則な射は代数的か。
- 代数的層コホモロジーと解析的層コホモロジーは一致するか。
これらに一括して答えるのがSerreのGAGAである。
13.8 GAGAの主張
GAGAは、フランス語のgéométrie algébrique et géométrie analytiqueの頭文字である。
重要な非自明結果(GAGA、射影的な場合)
\(X\) を \(\mathbb C\) 上の射影スキームとする。
- 任意の連接代数層 \(\mathcal F\) と全ての \(q\ge0\) に対し、自然な写像 \[ H^q(X,\mathcal F) \longrightarrow H^q(X^{\mathrm{an}},\mathcal F^{\mathrm{an}}) \] は同型である。
- 解析化関手 \[ \mathcal F\longmapsto\mathcal F^{\mathrm{an}} \] は、\(X\) 上の連接代数層の圏と \(X^{\mathrm{an}}\) 上の連接解析層の圏との圏同値を与える。
圏同値には二つの内容がある。
- 充満忠実性:代数層の間の解析的射は、一意な代数的射から来る。
- 本質的全射性:任意の連接解析層は、ある連接代数層の解析化と同型である。
したがって、射影多様体上の正則線束や正則ベクトル束は代数化でき、その層コホモロジーも代数側で計算したものと一致する。
13.9 GAGAは何を主張しないか
GAGAを「複素解析と代数幾何は同じ」と要約すると、重要な仮定を失う。
非コンパクト空間では失敗する
アフィン直線 \[ \mathbb A^1_{\mathbb C} \] の代数的正則関数は多項式 \[ \mathbb C[z] \] である。一方、その解析化 \(\mathbb C\) 上の大域正則関数は全関数であり、 \[ e^z,\quad \sin z,\quad \sum_{m=0}^\infty\frac{z^m}{(m!)^2} \] などを含む。したがって \[ H^0(\mathbb A^1_{\mathbb C},\mathcal O) \not\cong H^0(\mathbb C,\mathcal O^{\mathrm{an}}). \] 射影性、より一般には適切な固有性が有限性を支えている。
任意のコンパクト複素多様体が代数化されるわけではない
非射影的なコンパクト複素トーラスやHopf曲面は、射影代数多様体の解析化ではない。GAGAは、最初から代数的な射影対象が与えられたとき、その解析化との比較を行う定理である。任意のコンパクト複素多様体に代数構造を与える定理ではない。
位相空間だけの同一視ではない
GAGAの内容は、同じ点集合を二つの言葉で呼ぶことではない。局所関数の層、連接層、その射、コホモロジーという構造全体が対応することに価値がある。
13.10 正則写像も代数的になる
\(X,Y\) を複素射影多様体とし、 \[ f:X^{\mathrm{an}}\longrightarrow Y^{\mathrm{an}} \] を正則写像とする。そのグラフ \[ \Gamma_f = \{(x,f(x))\mid x\in X\} \subset X\times Y \] は閉複素解析的部分集合である。\(X\times Y\) はSegre埋め込みによって射影空間へ埋め込めるので、Chowの定理から \(\Gamma_f\) は代数的である。
第一射影 \[ \Gamma_f\longrightarrow X \] の解析化は同型である。ここで「代数的な全単射なら同型」と推論しているのではない。代数射の解析化が同型なら、GAGAの充満忠実性、同値に解析化が同型を検出するという帰結により、元の代数射も同型である。したがって第一射影の代数的逆写像を第二射影と合成して \(f\) を回収できるので、\(f\) は代数的射から来る。 \[ \boxed{ \text{複素射影多様体間の正則写像は代数的である。} } \] 非コンパクトな場合には \(z\mapsto e^z\) がすぐ反例になる。ここでも射影性が解析的自由度を代数的有限性へ変えている。
13.11 正則ベクトル束と代数ベクトル束
第6章で正則ベクトル束を、正則な遷移関数で貼り合わせた束として導入した。射影多様体上ではGAGAにより、その正則局所自由層は代数的局所自由層から来る。
したがって、射影多様体上では \[ \text{正則ベクトル束} \quad\longleftrightarrow\quad \text{代数ベクトル束} \] が成り立つ。正則切断も代数的切断に対応し、層コホモロジーも一致する。
ただしHermitian計量やChern接続そのものは滑らかな解析的データであり、代数的対象ではない。GAGAが対応させるのは正則束であって、任意に選んだHermitian計量ではない。
一方、Chern接続の曲率から得たChern類は位相的であり、正則構造によってHodge型 \((k,k)\) に入る。射影的な場合、同じChern類は代数的な交点理論とも接続される。ここで \[ \text{代数的な束} \longleftrightarrow \text{正則な束} \longrightarrow \text{Hermitian計量と曲率} \longrightarrow \text{位相的特性類} \] という複数の言語が同じ対象を記述し始める。
13.12 コンパクトRiemann面の場合
複素次元 \(1\) では、全てのコンパクトRiemann面が射影的である。
Hermitian基本形式 \(\omega\) は実二次元上の二形式なので、 \[ d\omega \] は三形式となり、自動的に零である。したがって全てのHermitian計量がKählerである。
さらに、連結コンパクトRiemann面では \[ H^2(X;\mathbb Z)\cong\mathbb Z \] であり、de Rham比較の下で二次コホモロジー類が整であることは、その基本類上の積分が整数であることと同値である。\(\int_X\omega>0\) なので \[ c=\frac{2\pi}{\int_X\omega} \] と置けば \[ \int_X\frac{c\omega}{2\pi}=1 \] とできるため、\(c\omega\) は整なKähler類を表す。Kodaira埋め込み定理から \(X\) は射影的である。
したがってコンパクトRiemann面については \[ \text{コンパクト複素曲線} \quad\text{と}\quad \text{滑らかな射影代数曲線} \] が対応する。高次元で現れる「コンパクトKählerだが非射影的」という差は、複素次元 \(1\) では起こらない。
13.13 三つの比較定理の役割
ここまでの巨大定理を整理する。
Kodaira埋め込み定理
入力は正値線束、または整なKähler類である。出力は射影空間への正則埋め込みである。 \[ \text{曲率の正値性} \Longrightarrow \text{十分多くの正則切断} \Longrightarrow \text{正則な射影埋め込み}. \] ### Chowの定理
入力は射影空間内の閉解析的部分集合である。出力は斉次多項式による代数的定義である。 \[ \text{射影空間内で閉解析的} \Longrightarrow \text{射影代数的}. \] ### GAGA
入力は複素数体上の射影代数的対象である。出力は代数的連接層と解析的連接層、その射とコホモロジーの一致である。 \[ \text{射影代数幾何} \Longleftrightarrow \text{射影複素解析幾何} \quad \text{(連接層の水準)}. \] 三定理は似た結論を持つように見えるが、入口も出口も異なる。順に使うことで、微分幾何、複素解析、代数幾何が接続される。
13.14 次の問い:射影性を持たないKähler多様体を見る
抽象論だけでは、Kählerと射影的の差は見えにくい。次章では複素トーラス \[ X=\mathbb C^n/\Lambda \] を具体的に調べる。
全ての複素トーラスは平坦Kähler計量を持つ。しかし射影的、すなわちアーベル多様体になるには、格子と両立する正の整数 \((1,1)\) 類が必要である。この条件はRiemann形式として記述できる。
同じ例の中で \[ \text{複素} \supsetneq \text{Kähler} \supsetneq \text{射影的} \] という包含の境界を見て、本書の本線を締めくくる。