3. 無限個の有理点を有限個の方向で記述する
Mordell–Weil 定理は、\(\mathbb Q\) 上の楕円曲線について
\[ E(\mathbb Q)\cong E(\mathbb Q)_{\mathrm{tors}}\oplus\mathbb Z^r \]
と主張する。左辺はすべての有理点。右辺の \(E(\mathbb Q)_{\mathrm{tors}}\) は、ある \(n\ge1\) で \(nP=\mathcal O\) となる有限位数点の有限群である。\(\mathbb Z^r\) は \(r\) 個の独立な無限位数点が作る自由部分で、\(r\) を代数的 rank(階数)という。
- \(r=0\):自由部分がなく、有理点は torsion 点だけなので有限。
- \(r=1\):一つの方向 \(P\) があり、\(nP\)(\(n\in\mathbb Z\))が無限個の点を作る。
- \(r=2\):独立な \(P,Q\) があり、\(mP+nQ\) が二次元格子のように並ぶ。

rank は有理点の個数ではない。\(r=1\) も \(r=2\) も点の集合としては可算無限だが、独立な生成方向の数が違う。また rank は実グラフ上での点の「密度」そのものでもない。密度は実位相での配置に関する概念で、rank は抽象群の自由生成元数である。rank が分かるだけでは全有理点は分からず、torsion 部分と自由部分の具体的な生成元も必要である。
3.1 主例と対照例
主例 \(E_1:y^2=x^3-2\) は
\[ E_1(\mathbb Q)\cong\mathbb Z, \]
であり、\((3,5)\) が自由部分の生成元、torsion は自明である。LMFDB の曲線ラベルは 1728.o3、導手は \(1728\)、代数的・解析的 rank はともに1である。
一方、よく似た
\[ E_0:y^2=x^3-x=x(x-1)(x+1) \]
では
\[ \mathcal O,\quad(0,0),\quad(1,0),\quad(-1,0) \]
が有理点で、\(y=0\) の三点はそれぞれ自分自身が逆元だから位数2である。実際には
\[ E_0(\mathbb Q)\cong(\mathbb Z/2\mathbb Z)^2, \]
自由部分はなく rank 0 である。LMFDB ラベルは 32.a3 である。似た三次式なのに、一方は無限個、他方は4点だけである。では rank は方程式のどこに隠れているのか。
3.2 torsion を探すことと rank を求めることは違う
Nagell–Lutz 定理は、整数係数の短 Weierstrass 方程式に対し、非自明な torsion 点の座標が整数で、\(y=0\) または \(y^2\mid\Delta\) となることを述べる。候補を有限個へ絞るのに有効だが、無限位数点の存在を決める rank 問題そのものは解かない。Mazur の定理は \(E(\mathbb Q)_{\mathrm{tors}}\) の可能な型を完全に制限するが、自由部分の rank に同様の分類はない。
3.3 有限生成性に高さが必要な理由
Mordell–Weil 定理の証明は二段階に分かれる。
- 弱 Mordell–Weil 定理:任意の \(n\ge2\) について \(E(\mathbb Q)/nE(\mathbb Q)\) は有限。
- 高さによる降下:各剰余類の代表を選び、十分大きな点を \(P=nQ+R\) と書くと、\(Q\) は \(P\) より算術的に小さくなる。この操作を繰り返し、有限個の小さな点へ降ろす。
ここで通常の絶対値では「小さい」を測れない。\(1000001/1000000\) は実数として1に近いが、分数としては複雑である。既約分数 \(x=a/b\) に
\[ H(x)=\max(|a|,|b|),\qquad h(x)=\log H(x) \]
を定めれば、分子と分母の大きさを同時に測れる。楕円曲線上では \(x(P)\) の高さをそのまま使うと、倍点を取るたびに有界な誤差が混じる。この誤差を極限で平均化する。ここでは
\[ \hat h(P) =\frac12\lim_{k\to\infty} \frac{h\!\left(x(2^kP)\right)}{4^k} \]
という規約を採る。\(x(2^kP)\) の高さは概ね \(4^k\) 倍になるため、それで割って安定する部分だけを残している。文献によって係数 \(1/2\) の置き方に差があるが、この規約では Néron–Tate の標準高さ \(\hat h(P)\) の決定的な性質は
\[ \hat h(nP)=n^2\hat h(P) \]
である。自由部分では正定値二次形式のように振る舞う。さらに
\[ \langle P,Q\rangle =\frac12\{\hat h(P+Q)-\hat h(P)-\hat h(Q)\} \]
は内積に相当する。高さが有界な有理点は有限個しかないため、降下は無限に続かない。これが「弱 Mordell–Weil + 高さ \(\Rightarrow\) 有限生成」の骨格である。
3.4 descent と Selmer 群
実際の rank 計算では、たとえば \(E(\mathbb Q)/2E(\mathbb Q)\) を調べる 2-descent を使う。その前に「局所体」を明確にしておく。
素数 \(p\) に対する \(p\)-進数体 \(\mathbb Q_p\) は、二つの有理数が \(p\) の高い冪で割り切れる差を持つほど近い、という距離で \(\mathbb Q\) を完備化した体である。\(\mathbf F_p\) が mod \(p\) の有限な一桁だけを残すのに対し、\(\mathbb Q_p\) は mod \(p,p^2,p^3,\ldots\) の互換な情報をすべて保持する無限体である。したがって
\[ \mathbf F_p\ne\mathbb Q_p. \]
数論で「すべての場所で局所的に可能」というときは、実数体 \(\mathbb R\) とすべての \(\mathbb Q_p\) で可能であることを指す。有限体 \(\mathbf F_p\) 上に点があることだけではない。
2-descent では、大域的な候補を各 \(\mathbb Q_p\) と \(\mathbb R\) へ移し、それぞれで2で割れるための条件を調べる。すべての局所条件を通過した候補を集めると有限群 \(\operatorname{Sel}^{(2)}(E/\mathbb Q)\) が得られ、
\[ E(\mathbb Q)/2E(\mathbb Q) \hookrightarrow \operatorname{Sel}^{(2)}(E/\mathbb Q) \]
となる。より正確には
\[ 0\to E(\mathbb Q)/nE(\mathbb Q) \to\operatorname{Sel}^{(n)}(E/\mathbb Q) \to\Sha(E/\mathbb Q)[n]\to0. \]
中央は \(\mathbb R\) と全 \(\mathbb Q_p\) の条件を通過した候補、左は実在する大域点から来る候補である。右の \(\Sha(E/\mathbb Q)[n]\) は両者の差を記録するが、これは楕円曲線 \(E\) 自身に点があるかを測る群ではない。\(E\) 自身には最初から \(\mathcal O\in E(\mathbb Q)\) がある。\(\Sha\) が分類する別の種数1曲線、torsor の意味は強い BSD を述べる直前に導入する。ここでは Selmer 群が rank の上界を与え、その上界と真の rank の間に局所・大域の差が入り得る、と理解すればよい。
ここまでで分かったこと
有理点問題は「有限 torsion + \(r\) 個の自由な方向」へ圧縮された。主例は rank 1、対照例は rank 0 である。
まだ分からないこと
方程式から rank を読み取る一般公式はない。descent は上界を与えるが、局所と大域の隙間が残る。
次に必要になる発想
descent の局所条件とは別の方法で、一つの巨大な \(\mathbb Q\) 上の問題を各素数 \(p\) の有限な影へ投影する。次章で数える \(N_p\) は rank の直接の上界ではなく、\(L\) 関数を作るための解析的な代理データである。
理解確認
- rank 1 と rank 2 はどちらも無限個の点を持つ。それでも異なる情報なのはなぜか。
- \(|1000001/1000000|\) では算術的複雑さを測れない理由を述べよ。
解答。 1. rank は点の個数でなく、自由部分の独立生成元数である。2. 絶対値は1に近いが、既約表示の分子・分母は大きい。高さはこの分母も測る。