6. モジュラー性が中心点 \(s=1\) を見えるようにする
解析接続は値を勝手に補う操作ではない。開集合上で一致する正則関数の解析接続は、存在すれば一意である。問題はその存在をどう証明するかである。
6.1 モジュラー形式(保型形式の一種)の最低限の姿
上半平面
\[ \mathfrak H=\{z\in\mathbb C:\operatorname{Im}z>0\} \]
上の正則関数 \(f\) を考える。行列
\[ \gamma= \begin{pmatrix}a&b\\c&d\end{pmatrix}, \qquad ad-bc=1, \]
は \(z\mapsto(az+b)/(cz+d)\) で \(\mathfrak H\) に作用する。レベル \(N\) の重さ2のモジュラー形式は、概略、\(c\equiv0\pmod N\) を満たす行列に対して
\[ f\!\left(\frac{az+b}{cz+d}\right) =(cz+d)^2f(z) \]
という変換則を持ち、上半平面だけでなく cusp(境界に加えた有理方向)でも正則な関数である。重さ2とは右辺の指数2、レベル \(N\) とは許す行列を決める合同条件である。cusp form(尖点形式)では境界で定数項が消え、\(z\to i\infty\) で \(f(z)\to0\) となる。
平行移動 \(z\mapsto z+1\) の対称性から \(f\) は Fourier 展開を持つ:
\[ f(z)=\sum_{n\ge1}a_nq^n, \qquad q=e^{2\pi iz} \]
ここで定数項がないのが cusp 条件である。Hecke 作用素という互いに整合する線形作用の同時固有ベクトルで、古い低レベル形式から来ないものを newform(新形式)と呼ぶ。正規化した newform の係数は \(a_1=1\) で、前章と同じ乗法関係を満たす。この乗法性が Fourier 級数を Euler 積へつなぐ。
楕円曲線の保型性定理は、\(E/\mathbb Q\) に対し重さ2、レベルが導手 \(N_E\) である正規化 newform が存在し、良い素数でその Fourier 係数 \(a_p\) が点数から得た
\[ a_p=p+1-\#E(\mathbf F_p) \]
と一致すると述べる。幾何的な曲線と上半平面上の解析関数が、同じ係数列を共有するのである。
6.2 Mellin 変換が Fourier 級数を Dirichlet 級数へ変える
\(z=iy\)(\(y>0\))と置くと \(q=e^{-2\pi y}\) だから
\[ f(iy)=\sum_{n\ge1}a_ne^{-2\pi ny}. \]
これを Mellin 変換し、絶対収束する範囲で和と積分を交換すると
\[ \begin{aligned} \int_0^\infty f(iy)y^{s-1}\,dy &=\sum_{n\ge1}a_n \int_0^\infty e^{-2\pi ny}y^{s-1}\,dy\\ &=\sum_{n\ge1}a_n(2\pi n)^{-s}\Gamma(s)\\ &=(2\pi)^{-s}\Gamma(s)L(f,s). \end{aligned} \]
二行目では \(u=2\pi ny\) と置き、
\[ \Gamma(s)=\int_0^\infty e^{-u}u^{s-1}\,du \]
を使った。指数減衰 \(e^{-2\pi ny}\) が、Mellin 変換によってべき減衰 \(n^{-s}\) へ変わったのである。保型変換則は積分の \(0<y<1\) の部分を \(y>1\) の部分へ移し替える。その対称性により積分表示を本来の収束域の外へ延長でき、同時に \(s\) と \(2-s\) を結ぶ関数等式が生じる。
この反転を担うのが Fricke involution(Fricke 対合)
\[ z\longmapsto-\frac{1}{N_Ez} \]
である。レベル \(N_E\) の newform は対応する作用素の固有形式になり、その固有値は \(\pm1\) である。この固有値と無限素点の規約を合わせた符号が root number \(w_E\) を決める。したがって関数等式の符号は、後から任意に付けたものではなく、newform の反転対称性から生じる。
保型性により \(L(E,s)=L(f,s)\) だから、保型形式側の積分表示が楕円曲線の \(L\) 関数に解析接続と関数等式を与える。導手を \(N_E\) とし、Gamma 因子を含む完成 \(L\) 関数を
\[ \Lambda(E,s)=N_E^{s/2}(2\pi)^{-s}\Gamma(s)L(E,s) \]
と正規化すると
\[ \Lambda(E,s)=w_E\Lambda(E,2-s), \qquad w_E\in\{+1,-1\} \]
を満たす。この規約では対称性の中心は \(s=1\) である。\(w_E=-1\) なら
\[ \Lambda(E,1)=-\Lambda(E,1) \]
なので中心値は0にならざるを得ない。より一般に、関数等式は中心での零点次数の偶奇を制約する。解析的零点の parity と代数的 rank の parity の一致は別の深い問題であり、関数等式だけから代数的 rank は出ない。
これで \(s=1\) が特別な理由が二方向から一致した。算術側では \(L_p(E,1)^{-1}=N_p/p\) となり歴史的部分積へ接続する。解析側では関数等式 \(s\leftrightarrow2-s\) の固定点である。BSD は、この同じ点で局所点数の蓄積と大域的 rank が出会うと主張する。
保型性定理は Wiles と Taylor–Wiles による半安定の場合から始まり、Breuil–Conrad–Diamond–Taylor により \(\mathbb Q\) 上の全楕円曲線へ完成された。Fermat の最終定理との関係は重要だが、ここでの役割は明確である:曲線の Euler 積を中心点まで運ぶ解析的な橋である。
ここまでで分かったこと
保型性により \(L(E,s)\) は全複素平面へ解析接続され、\(s=1\) を中心とする関数等式を持つ。
まだ分からないこと
中心で何次の零点になるかを、保型性だけでは決められない。その次数が有理点とどう関係するかが残る。
次に必要になる発想
代数的 rank と解析的な零点次数を、BSD 予想として正面から比較する。
理解確認
- Mellin 変換で \(e^{-2\pi ny}\) は、どの \(n\) 依存性へ変わるか。
- 保型性定理で有限体側と解析側を接着する共通データは何か。
- \(w_E=-1\) のとき \(L(E,1)=0\) が強制される理由を述べよ。
解答。 1. \((2\pi)^{-s}\Gamma(s)n^{-s}\) へ変わる。2. 各良い素数の \(a_p=p+1-\#E(\mathbf F_p)\) と、それを含む係数列 \(a_n\) である。3. 関数等式の中心で \(\Lambda(E,1)=-\Lambda(E,1)\) となるためである。