第3章 FreedmanとDonaldsonの衝突

位相的分類と滑らかな制約の差からゲージ理論の必要性を導く

交点形式を整数格子として読む

第2章の交点形式は、自由アーベル群 \(L=H_2(X;\mathbb Z)/\mathrm{Tor}\) と整数値対称双線形写像

\[ Q:L\times L\longrightarrow\mathbb Z \]

の組である。この組を整数格子と呼ぶ。基底を選べば \(Q\) は整数行列になるが、基底を替えると \(Q\) は \(S^{\mathsf T}QS\) に変わる。従って問題は、実数行列として対角化できるかではなく、行列式が \(\pm1\) の整数行列 \(S\) でどこまで簡単にできるかである。

非零ベクトル \(x\) に対して \(Q(x,x)>0\) なら正定値、\(Q(x,x)<0\) なら負定値という。正と負の両方があれば不定値である。例えば

\[ \langle1\rangle=(1),\qquad H=\begin{pmatrix}0&1\\1&0\end{pmatrix} \]

はそれぞれ正定値、偶の不定値形式である。\(H\) は実数上では \(\operatorname{diag}(1,-1)\) と同じ符号数を持つが、整数上では偶奇が違うため同値でない。この「整数上」という制約が本章の衝突を生む。

\(E_8\) を行列で見る

\(E_8\) を名前だけで済ませないため、一つの標準行列を掲げる。

\[ E_8= \begin{pmatrix} 2&-1&0&0&0&0&0&0\\ -1&2&-1&0&0&0&0&0\\ 0&-1&2&-1&0&0&0&-1\\ 0&0&-1&2&-1&0&0&0\\ 0&0&0&-1&2&-1&0&0\\ 0&0&0&0&-1&2&-1&0\\ 0&0&0&0&0&-1&2&0\\ 0&0&-1&0&0&0&0&2 \end{pmatrix}. \]

これは正定値、行列式1、しかも全ての \(x\in\mathbb Z^8\) に対して \(x^{\mathsf T}E_8x\) が偶数となる。行列式と正定値性も、名前ではなく行列から確認できる。上の順序で左上 \(r\times r\) 小行列の行列式を計算すると

\[ 2,\ 3,\ 4,\ 5,\ 6,\ 7,\ 8,\ 1 \]

となる。全て正なのでSylvesterの判定法により正定値で、最後の値が \(\det E_8=1\) である。偶性は、対角成分が偶数で、非対角成分が二倍されて二次式へ入ることから直ちに分かる。一方、標準対角形式 \(I_8\) には自己交点1のベクトルがある。従って \(E_8\) と \(I_8\) は整数基底変換では一致しない。

ノート節内演習3:実数と整数の違い

\(u=e_1+e_2\), \(v=e_1-e_2\) と置くと、\(\operatorname{diag}(1,-1)\) が実数上で双曲形式 \(H\) と同じ型になることを確かめよ。さらに、変換行列の行列式が \(-2\) となるため整数基底変換ではないことを確かめよ。

解答。 \(Q(u,u)=Q(v,v)=0\), \(Q(u,v)=2\) なので、\(u,v\) を適当に規格化すれば実数上で \(H\) になる。しかし \(u,v\) は元の整数格子の指数2の部分格子しか生成せず、\(GL(2,\mathbb Z)\) の基底変更ではない。

同じ形式を二つの圏で読む

前章で得た交点形式は同相写像でも微分同相写像でも保存される。しかし、どの形式が実現可能かは位相的な圏と滑らかな圏で異なる。ここで一度、結論の強さを混ぜずに分ける。

ノート引用定理|Freedman分類(深度D)

閉・単連結・位相的4多様体の分類は、ユニモジュラー交点形式に加えてKirby–Siebenmann不変量などを用いて記述される。特に、任意のユニモジュラー対称整数形式は、閉・単連結・向き付き位相的4多様体の交点形式として実現される。偶形式の場合、Kirby–Siebenmann不変量は署名で決まる値 \[ \operatorname{ks}(X)\equiv \sigma(Q)/8 \pmod 2 \] に拘束され、対応する向きを保つ同相型は一つである。奇形式の場合、同じ交点形式に対してKirby–Siebenmann不変量で区別される二つの同相型が現れうる。証明の核心はCassonハンドルと円板埋め込み定理であり、本教材では入力・出力・滑らかな圏との境界を固定して引用する。(Freedman 1982年)

Kirby–Siebenmann不変量は、位相多様体を区分線形、従って滑らかな構造へ近づけられるかを測る \(\mathbb Z/2\) 値の障害である。滑らかな多様体では0になる。ただし「0なら必ず滑らか」という単純な十分条件として使ってはならない。本章では、Freedmanの存在結果とDonaldsonの滑らかさへの必要条件を比較するためにだけ用いる。

「任意の形式に対し一意な多様体がある」という粗い言い換えは誤りである。偶形式と奇形式でKirby–Siebenmann不変量の自由度が違い、向き、同相写像の意味、閉性・単連結性の仮定も落ちるからだ。本書で使うのは、位相圏では実現できる形式が滑らかな圏よりはるかに多い、という正確に限定した結論である。

正定値形式に突然現れる剛性

ノート引用定理|Donaldson対角化定理(証明アーキテクチャ、深度C)

\(X\) を閉・滑らか・向き付き・単連結4多様体とし、\(Q_X\) が正定値とする。このとき \(Q_X\) は整数上で対角形式 \(\langle1,\dots,1\rangle\) と同値である。負定値の場合は向きを反転して \(\langle-1,\dots,-1\rangle\) を得る。(Donaldson 1983年; Donaldson と Kronheimer 1990年)

実数上で対角化できるという主張ではない。整数基底で \(\pm1\) の対角形になる、という強い算術的制約である。例えば \(E_8\) 格子は偶・ユニモジュラー・正定値だが、対角形式ではない。Freedman側では \(E_8\) を交点形式に持つ位相的4多様体が現れ、Donaldson側ではその多様体が滑らかな構造を持つ可能性が排除される。

\(E_8\) がなぜ対角形式でないか

\(E_8\) という名前だけでは、何が衝突しているのかが見えにくい。ここで必要な性質は三つである。

  1. \(E_8\) は階数8の正定値ユニモジュラー形式である。
  2. \(E_8\) は偶形式である。つまり全ての格子ベクトル \(x\) について \(Q(x,x)\) が偶数である。
  3. 対角形式 \(\langle1,\dots,1\rangle\) は奇形式である。基底ベクトル \(e_i\) が \(Q(e_i,e_i)=1\) を持つからである。

偶奇は整数合同で保存される。したがって \(E_8\) は正定値ユニモジュラーであっても、Donaldsonが許す対角形式とは同値になれない。Freedmanは位相圏でこの形式を実現する対象を与え、Donaldsonは滑らかな圏でそれを排除する。この一点に、4次元で圏を分ける必要性が凝縮されている。

衝突を一つの推論として書く

論理を圏ごとに分けて書くと、\(E_8\) の例で何が起きているかが明確になる。

E8 はユニモジュラー形式である
→ Freedmanにより、対応する位相的4多様体 X が存在する
→ E8 は正定値で非対角である
→ もし X が滑らかな多様体なら、Donaldsonにより Q_X は整数上対角化される
→ 偶奇に反する
→ X は滑らかな構造を持たない

ここで使っている背理法の仮定は「\(X\) が滑らかである」だけである。二つの滑らかな構造を比較しているわけではない。したがって、この推論の結論は「非平滑化可能性」であり、「異種滑らかな構造の組の存在」ではない。

この細部を早い段階で固定しておく理由は、Donaldson理論の成功を過大に読まないためである。Donaldson対角化定理は非常に強いが、それだけで滑らかな分類を完成させるわけではない。後でDonaldson多項式やSW不変量が必要になるのは、同じ位相型の中に残る滑らかな構造の差を測るためである。

証明はどこで解析を使うか

対角化定理の論理を先に見渡す。

  1. \(SU(2)\) または \(SO(3)\) 束上で反自己双対接続のモジュライ空間を作る。
  2. 線形化とゲージ固定により、適切な条件下で有限次元の滑らかな空間にする。
  3. Uhlenbeckコンパクト化でバブリングを境界として管理する。
  4. 低次元モジュライ空間の端の構造から、交点形式の格子点に制約を導く。

難所は第2・第3段階である。したがって「PDEの解があるから位相が分かる」のではない。商空間の局所構造、横断性、向き、コンパクト性を揃えて初めて、解析的対象が整数格子へ制約を返す。

ここで読者が疑問を抱くのは当然である。「なぜ接続の解空間の端が、交点形式の対角化を強制するのか」はまだ説明されていない。本章で確定したのは、後で作るモジュライ空間が解くべき問題である。すなわち、位相多様体の交点形式としては実現できても、滑らかな4多様体の交点形式としては実現できない形式を、解析的な矛盾として検出しなければならない。

衝突がまだ教えていないこと

\(E_8\) の例が示すのは非平滑化可能性であって、同じ位相多様体上に二つの滑らかな構造があることではない。異種滑らかな構造の組には、まず同相な二つの滑らかな多様体を作り、次にゲージ不変量で微分同相でないことを示す必要がある。この区別は第14章で回収する。

今はDonaldsonの機械そのものを作る。交点形式という大域的整数へ、局所的な接続と曲率がどう到達するのか。次章では、座標に依存する行列値1形式から、ゲージ変換で整合する曲率を組み立てる。

参考文献

Donaldson, Simon K. 1983年. 「An Application of Gauge Theory to Four-Dimensional Topology」. Journal of Differential Geometry 18: 279–315. https://doi.org/10.4310/jdg/1214437665.
Donaldson, Simon K., と Peter B. Kronheimer. 1990年. The Geometry of Four-Manifolds. Oxford University Press.
Freedman, Michael H. 1982年. 「The Topology of Four-Dimensional Manifolds」. Journal of Differential Geometry 17: 357–453. https://doi.org/10.4310/jdg/1214437136.