第5章 なぜ4次元なのか
ホッジ作用素を定義するまで
前章で曲率がLie代数値2形式になることを見た。本章では、2形式を二つに分けるHodge作用素を、線形代数から構成する。
計量と向き
実ベクトル空間 \(V\) の内積 \(g\) は長さと角度を定める。多様体の各接空間 \(T_pX\) に滑らかに内積を与えたものがRiemann計量である。局所座標では対称正定値行列 \((g_{ij})\) で表される。
向きは、順序付き基底を「正」と「負」の二群へ分ける選択である。\(\mathbb R^2\) では \((e_1,e_2)\) を正と決めると \((e_2,e_1)\) は負になる。向きと計量を選ぶと、正規直交余標構 \((e^1,\ldots,e^n)\) に対して
\[ d\mathrm{vol}=e^1\wedge\cdots\wedge e^n \]
という体積形式が定まる。
形式の内積
\(p\) 形式は、\(p\) 個の接ベクトルを入れると符号付きの \(p\) 次元体積を返す交代多重線形写像である。\(n\) 次元空間の \(p\) 形式全体の次元は
\[ \dim\Lambda^pV^*=\binom np \]
である。例えば4次元の2形式は
\[ e^{12},e^{13},e^{14},e^{23},e^{24},e^{34}, \qquad e^{ij}=e^i\wedge e^j \]
の6個を基底に持つ。計量から、これらを正規直交基底とする内積 \(\langle\ ,\ \rangle\) が形式の空間にも入る。
定義
\(p\) 形式 \(\alpha\) に対し、Hodge作用素 \(*\alpha\) は \((n-p)\) 形式であり、全ての \(p\) 形式 \(\beta\) に対して
\[ \beta\wedge *\alpha =\langle\beta,\alpha\rangle d\mathrm{vol} \]
を満たすものとして定義される。右辺が計量と向きを使うため、Hodge作用素もその両方に依存する。
二次元で \(d\mathrm{vol}=e^1\wedge e^2\) とすれば
\[ *1=e^{12},\qquad *e^1=e^2,\qquad *e^2=-e^1, \qquad *e^{12}=1. \]
特に1形式上では \(*^2=-1\) で、90度回転に似ている。一般にはRiemann計量が正定値なら
\[ *^2=(-1)^{p(n-p)} \]
が成り立つ。4次元の2形式では指数が4なので \(*^2=1\) となる。従って固有値は \(+1\) と \(-1\) だけであり、2形式を二群へ分けられる。
正向き正規直交余標構 \((e^1,e^2,e^3,e^4)\) について、定義から \(*e^{12}=e^{34}\) と \(*e^{13}=-e^{24}\) を確かめよ。
解答。 \(e^{12}\wedge e^{34}=e^{1234}=d\mathrm{vol}\) なので前者を得る。\(e^{13}\wedge e^{24}=-e^{1234}\) なので、正の体積形式を得るには後者に負号が必要である。
2形式を同じ次数のまま分ける
向きとRiemann計量を備えた \(n\) 次元多様体では、Hodge作用素は \(p\) 形式を \((n-p)\) 形式へ送る。曲率は2形式なので、\(*F_A\) を再び曲率と同じ型として比較できるのは \(n=4\) のときである。4次元では \(*^2=1\) が成り立ち、
\[ \Lambda^2=\Lambda^2_+\oplus\Lambda^2_-,\quad \omega^\pm=\frac12(\omega\pm *\omega) \]
と直交分解できる。
正向き正規直交余標構 \((e^1,e^2,e^3,e^4)\) を取り、\(e^{ij}=e^i\wedge e^j\) と書くと
\[ *e^{12}=e^{34},\quad *e^{13}=-e^{24},\quad *e^{14}=e^{23}. \]
したがって \(\Lambda^2_+\) と \(\Lambda^2_-\) はそれぞれ3次元である。
符号を一つ確認する
\(*e^{13}=-e^{24}\) の負号は、向きの規約から強制される。ホッジ作用素は
\[ \alpha\wedge *\alpha=|\alpha|^2d\mathrm{vol} \]
を満たすように定義される。ところが
\[ e^{13}\wedge e^{24} =e^1\wedge e^3\wedge e^2\wedge e^4 =-e^{1234}. \]
したがって \(*e^{13}=e^{24}\) では符号が合わない。\(*e^{13}=-e^{24}\) として初めて
\[ e^{13}\wedge(-e^{24})=e^{1234} \]
となる。この小さな符号確認は、後の自己双対基底の符号、さらに位相数規約へつながる。
自己双対基底を実際に作る
上の計算から、自己双対2形式の基底は例えば
\[ \omega_1^+=e^{12}+e^{34},\quad \omega_2^+=e^{13}-e^{24},\quad \omega_3^+=e^{14}+e^{23} \]
である。反自己双対基底は符号を反対にして
\[ \omega_1^-=e^{12}-e^{34},\quad \omega_2^-=e^{13}+e^{24},\quad \omega_3^-=e^{14}-e^{23}. \]
例えば
\[ *(e^{13}-e^{24})=-e^{24}+e^{13}=e^{13}-e^{24} \]
なので \(\omega_2^+\) は自己双対である。ここで符号が一つでもずれると、ASD方程式の向き規約までずれる。4次元ゲージ理論では、こうした線形代数の符号が後の位相数に直結する。
外積の符号を読む
\(\omega=\omega^++\omega^-\) に対し、自己双対・反自己双対部分の直交性から
\[ \omega\wedge\omega =\bigl(|\omega^+|^2-|\omega^-|^2\bigr)\,d\mathrm{vol}. \]
一方、\(\omega\wedge *\omega=|\omega|^2d\mathrm{vol}\) なので
\[ |\omega|^2=|\omega^+|^2+|\omega^-|^2. \]
同じ二成分が「差では位相的な積」「和では解析的なノルム」を与える。これが次章のエネルギー恒等式の線形代数的核心である。
この式を一行で済ませず確認する。自己双対なら \(*\omega^+=\omega^+\)、反自己双対なら \(*\omega^-=-\omega^-\) なので
\[ \omega^+\wedge\omega^+ =\omega^+\wedge *\omega^+ =|\omega^+|^2d\mathrm{vol}, \]
一方
\[ \omega^-\wedge\omega^- =-\omega^-\wedge *\omega^- =-|\omega^-|^2d\mathrm{vol}. \]
また \(\omega^+\) と \(\omega^-\) は直交しているので交差項は消える。したがって外積平方は差になり、ノルムの二乗は和になる。この「和と差」が、エネルギーと位相数を同時に扱える理由である。
交差項はなぜ消えるか
\(\omega^+\wedge\omega^-\) が消える理由も確認しておく。自己双対性と反自己双対性から
\[ \omega^+\wedge\omega^- =\omega^+\wedge(-*\omega^-). \]
右辺は内積で書けば
\[ -\langle \omega^+,\omega^-\rangle d\mathrm{vol} \]
である。\(\Lambda^2_+\) と \(\Lambda^2_-\) はホッジ作用素の異なる固有値の固有空間なので直交し、内積は0になる。したがって交差項は消える。ここで使っているのは、2形式の外積とHodge内積が4次元で同じ体積形式に落ちるという事実である。
共形不変性という第二の一致
計量を \(g'=e^{2f}g\) と変えると、\(p\) 形式上のホッジ作用素は \(*_{g'}=e^{(n-2p)f}*_g\) と変わる。\(n=4,p=2\) では指数が0となり、\(\Lambda^2_\pm\) の分解は共形類だけに依存する。
同じことはエネルギーのスケーリングにも現れる。Euclid空間で \(x\mapsto \lambda x\) とし、接続を \(A_\lambda(x)=\lambda A(\lambda x)\) と縮尺すると、\(F_{A_\lambda}(x)=\lambda^2F_A(\lambda x)\) だから
\[ \int_{\mathbb R^n}|F_{A_\lambda}|^2dx =\lambda^{4-n}\int_{\mathbb R^n}|F_A|^2dx. \]
\(n=4\) でのみエネルギーが尺度不変になる。この臨界性は美点だけではない。解列が小さな尺度へエネルギーを集中させても全エネルギーを失わず、バブリングを起こせることを意味する。
なぜ3次元や5次元では同じ話にならないか
3次元では曲率は2形式で、ホッジ作用素は1形式へ送る。\(F_A=\pm *F_A\) のような同じ型の一次方程式は書けない。5次元では \(*F_A\) は3形式であり、やはり曲率と直接比較できない。
もちろん他次元にも重要なゲージ理論はある。しかし本書の筋道、すなわち
\[ \text{曲率2形式} \longrightarrow \Lambda^2_+\oplus\Lambda^2_- \longrightarrow \text{一次方程式} \longrightarrow \text{4多様体の交点形式} \]
という連鎖は4次元に固有である。ここで初めて、解析方程式と中間次元の位相形式が同じ舞台に乗る。
三つの4次元性
ここまでに三つの一致が見えた。
- 中間次元サイクルの交点が整数になる。
- 曲率2形式が \(\Lambda^2_+\oplus\Lambda^2_-\) に分かれる。
- \(L^2\) 曲率エネルギーが尺度不変になる。
これらは別々の偶然ではない。Chern–Weil積分が曲率の二次式であり、4形式として \(X\) 上で積分されるため、代数・解析・位相が同じ次数に集まる。次章ではこの一致を一つの等式へまとめ、ASD方程式を「思いつき」でなくエネルギー最小化から導く。