第8章 線形化すると複体が現れる

対称性と方程式をASD変形複体へ統合する

有限次元模型:核だけを接空間にできない理由

まず、未知量 \(v\in\mathbb R^3\) に方程式

\[ L(v_1,v_2,v_3)=v_3=0 \]

を課す。線形化方程式の核は \(\ker L=\{(v_1,v_2,0)\}\) で2次元である。ところが、\(v\) と \(v+t(1,0,0)\) を同じ状態とみなす対称性があるなら、\(v_1\) 方向は幾何的な変形ではない。真の一次変形は

\[ \ker L/\operatorname{span}\{(1,0,0)\} \cong\mathbb R \]

で、\(v_2\) だけが残る。

これを写像の列として書くと

\[ 0\longrightarrow\mathbb R \xrightarrow{G}\mathbb R^3 \xrightarrow{L}\mathbb R \longrightarrow0, \qquad G(t)=(t,0,0),\quad L(v)=v_3 \]

であり、\(L\circ G=0\) である。この合成が0だから、\(\operatorname{im}G\subset\ker L\) となり、商が定義できる。ASD変形複体は、この有限次元計算で \(G\) を \(d_A\)、\(L\) を \(d_A^+\) に置き換えたものである。

接空間は核だけではない

ASD接続 \(A\) の近くで \(A+a\) もASDとなる条件は

\[ d_A^+a+(a\wedge a)^+=0. \]

一次近似だけなら \(d_A^+a=0\) である。しかし \(a=d_A\phi\) はゲージ変換による見かけの変形なので、モジュライの接空間は \(\ker d_A^+\) そのものではなく商

\[ \frac{\ker(d_A^+:\Omega^1\to\Omega^2_+)} {\operatorname{im}(d_A:\Omega^0\to\Omega^1)} \]

でなければならない。

なぜ本当に複体か

随伴束値0形式 \(\phi\) に対し \(d_A^2\phi=[F_A,\phi]\) である。自己双対部分を取ると

\[ d_A^+d_A\phi=[F_A^+,\phi]=0 \]

となる。最後の等号にASD条件を使った。従って

\[ 0\longrightarrow\Omega^0(\operatorname{ad}P) \xrightarrow{d_A}\Omega^1(\operatorname{ad}P) \xrightarrow{d_A^+}\Omega^2_+(\operatorname{ad}P) \longrightarrow0 \]

は複体である。これは記号上の飾りではなく、対称性・変形・方程式の障害を一列に配置する。

ここでBianchi恒等式を使っているわけではない点を明確にしておく。Bianchi恒等式は \(d_AF_A=0\) であり、曲率そのものの共変外微分についての恒等式である。一方、いま必要なのは「無限小ゲージ変換 \(d_A\phi\) がASD方程式の線形化の核に入る」ことであり、計算対象は \(d_A^+d_A\phi\) である。従って

\[ d_A^+d_A\phi=(d_A^2\phi)^+=([F_A,\phi])^+ =[F_A^+,\phi] \]

と進み、最後に \(F_A^+=0\) を使う。ASD条件なしにはこの列は一般に複体ではない。この一点を取り違えると、解空間の外でも同じ複体があるかのように見えてしまう。

コホモロジーを

\[ H_A^0=\ker d_A,\quad H_A^1=\ker d_A^+/\operatorname{im}d_A,\quad H_A^2=\operatorname{coker}d_A^+ \]

と書く。\(H_A^0\) は無限小安定化群、\(H_A^1\) は無限小モジュライ、\(H_A^2\) は非線形方程式を解く際の障害である。

コホモロジーは名前ではなく役割で覚える

この三つはde Rham コホモロジーの類似物だが、単なる記法の借用ではない。各次数はモジュライ問題の失敗の仕方を測る。

まず \(H_A^0\) は、\(A\) を動かさない無限小ゲージ変換である。\(H_A^0\ne0\) なら、同じ幾何を表す座標が余分に残り、商に特異性が出る。

次に \(H_A^1\) は、方程式を一次まで保つ変形を、見かけのゲージ変形で割ったものである。従って正則な点ではモジュライの接空間になる。

最後に \(H_A^2\) は、一次解を実際の非線形解へ持ち上げるときの障害である。一次近似で \(d_A^+a=0\) を満たしても、二次項 \((a\wedge a)^+\) が残る。この残りを消す先が余核方向にあると、陰関数定理だけでは解けない。

この区別がないと、後で「指数が0だから点が有限個ある」と誤読してしまう。正しくは、指数は

\[ \dim H_A^1-\dim H_A^0-\dim H_A^2 \]

という差であり、三つの空間の個別の大きさを決めるものではない。

上の有限次元模型では

\[ H^0=\ker G=0,\qquad H^1=\ker L/\operatorname{im}G\cong\mathbb R,\qquad H^2=\operatorname{coker}L=0 \]

である。従って指数は \(1\) で、実際に商の解空間も1次元である。これに対して \(L=0\) と変更すると \(H^2\cong\mathbb R\) が生じ、指数だけから零点集合の形を決められない。\(H_A^2\) を「余った方程式方向」と読む準備がここでできる。

de Rham複体との対応

この複体の役割は、de Rham複体と比較すると理解しやすい。閉1形式 \(\alpha\) は局所的には関数の微分に似ているが、大域的には \(H^1_{\mathrm{dR}}(X)\) によって「本当に新しい変形」かどうかが測られる。同様に、\(d_A^+a=0\) はASD方程式の一次近似を保つが、\(a=d_A\phi\) なら単なるゲージ表示の変更である。商を取って初めて \(H_A^1\) が現れる。

一方、de Rham複体では \(d^2=0\) が恒等的に成り立つ。ASD変形複体では

\[ d_A^+d_A\phi=[F_A^+,\phi] \]

なので、\(F_A^+=0\) という方程式を満たす点でだけ複体になる。つまりこの複体は背景接続 \(A\) がASD解であることに依存している。解空間の外では同じ列は複体ではない。

この違いは重要である。ASD変形複体は、固定された多様体の普遍的なコホモロジーではなく、解 \(A\) の近くのモジュライを読むための局所的なコホモロジーである。

主記号は高周波を入れると見える

次に楕円性を判定するが、主記号をいきなり書くと「なぜ最高階部分だけを見るのか」が見えにくい。基本は一変数の計算である。実直線上で

\[ D=\frac d{dx} \]

を高周波の指数関数 \(e^{i\xi x}\) に作用させると

\[ D(e^{i\xi x})=i\xi e^{i\xi x} \]

である。二階作用素なら

\[ -\frac{d^2}{dx^2}e^{i\xi x}=\xi^2 e^{i\xi x}. \]

つまり、微分作用素の最高階部分は、周波数 \(\xi\) に関する最高次数の項として現れる。たとえば

\[ L=-\frac{d^2}{dx^2}+a(x)\frac d{dx}+b(x) \]

では、高周波 \(|\xi|\gg1\) に対して支配的なのは \(\xi^2\) の項であり、\(a(x)i\xi\) や \(b(x)\) は低次である。最高階部分を各点と非零共変ベクトル \(\xi\) で取り出したものが主記号である。

ASD変形複体では、\(d_A\) や \(d_A^+\) の最高階部分だけを見ると、接続 \(A\) の交換子項は低階項として消え、\(\xi\wedge\) と \(\pi_+(\xi\wedge\cdot)\) が残る。したがって、これから行う主記号列の計算は、方程式とゲージ方向が高周波で噛み合っているかを調べる計算である。

楕円性は主記号で判定する

非零共変ベクトル \(\xi\) に対する主記号は

\[ 0\to\mathfrak{su}(2) \xrightarrow{\xi\wedge}\Lambda^1\otimes\mathfrak{su}(2) \xrightarrow{\pi_+(\xi\wedge\cdot)}\Lambda^2_+\otimes\mathfrak{su}(2) \to0. \]

局所正規直交枠で \(\xi=e^1\) とすれば、第一写像の像は \(e^1\) 成分、第二写像の核も同じ1次元成分になり、第二写像は残る3次元から \(\Lambda^2_+\) へ同型になる。Lie代数成分はテンソル積されるだけなので完全性は保たれる。よってASD変形複体は楕円的である。(Donaldson と Kronheimer 1990年)

主記号計算を少し開く

上の「\(\xi=e^1\) とすれば」という一文を、実際に見える形にしておく。向き付き正規直交基底 \(e^1,\dots,e^4\) を取り、自己双対2形式の基底を

\[ \omega_1=e^{12}+e^{34},\quad \omega_2=e^{13}-e^{24},\quad \omega_3=e^{14}+e^{23} \]

とする。\(1\)-形式

\[ \alpha=a_1e^1+a_2e^2+a_3e^3+a_4e^4 \]

に対し、\(e^1\wedge\alpha\) の自己双対部分は

\[ \pi_+(e^1\wedge\alpha) =\frac12(a_2\omega_1+a_3\omega_2+a_4\omega_3) \]

である。従って \(\pi_+(e^1\wedge\alpha)=0\) なら \(a_2=a_3=a_4=0\)、つまり \(\alpha\) は \(e^1\) の倍数である。これはちょうど前の写像 \(\mathfrak{su}(2)\to\Lambda^1\otimes\mathfrak{su}(2)\) の像である。

この計算の意味は大きい。楕円性は、方程式が局所的に「足りない方向」を持たないことを主記号レベルで言っている。無限次元の接続空間から有限次元のモジュライが出る入口は、この完全性である。

ゲージ固定して一つの作用素にまとめる

複体を一つの作用素へまとめると

\[ D_A=d_A^*\oplus d_A^+: \Omega^1(\operatorname{ad}P)\to \Omega^0(\operatorname{ad}P)\oplus\Omega^2_+(\operatorname{ad}P). \]

\(d_A^*a=0\) はスライス条件、\(d_A^+a=0\) は線形化ASD条件である。従って \(\ker D_A\) は調和代表として \(H_A^1\) と同一視でき、\(\operatorname{coker}D_A\cong H_A^0\oplus H_A^2\) となる。

この同一視を一行で済ませず確認する。第7章の規約では、\(e^\phi\) による無限小ゲージ変換は \(a\) を \(a+d_A\phi\) へ動かす。従って \(a\in\ker d_A^+\) の同値類に対し、\(a+d_A\phi\) がCoulomb条件を満たすよう

\[ d_A^*d_A\phi=-d_A^*a \]

を解く。可約性がなく、中心方向を除いて逆が取れれば、各同値類は \(d_A^*a=0\) を満たす代表を一つ持つ。その代表は \(D_Aa=0\) である。つまり「商で定義した \(H_A^1\)」と「一つの楕円作用素の核」は、局所スライスを通じて同じ有限次元空間になる。

変形複体からKuranishi模型への橋

次章以降で使うために、非線形方程式との関係をもう一段だけ準備する。Coulombスライス上のASD写像を

\[ \Phi(a)=d_A^+a+(a\wedge a)^+ \]

と書く。線形化は \(d_A^+\) であり、スライス条件 \(d_A^*a=0\) を合わせると \(D_Aa=0\) が一次変形を表す。ここで楕円性により、\(\Omega^1\) は有限次元の調和部分と無限次元の可解部分へ分解できる。形式的には

\[ \Omega^1 =H_A^1\oplus\operatorname{im}d_A\oplus\operatorname{im}d_A^{+,*} \]

というHodge型の分解を期待する。ここで \(d_A^{+,*}:\Omega^2_+(\operatorname{ad}P)\to\Omega^1(\operatorname{ad}P)\) は \(d_A^+\) の随伴であり、スライス条件に出る \(d_A^*:\Omega^1\to\Omega^0\) とは次数が違う。正確なSobolev次数や閉像性は楕円Fredholm理論で支える。重要なのは、無限次元問題のうち本当に残る自由度が \(H_A^1\) と \(H_A^2\) に圧縮されることである。

したがって、変形複体は「線形化をきれいに並べたもの」ではなく、非線形モジュライの局所形を有限次元へ押し込む設計図である。

次章では楕円性がなぜ有限次元性を与えるか、指数がどのように位相的公式へ変換されるかを追う。ただし指数はまだ実際のモジュライ次元ではない。その差を生む \(H_A^0,H_A^2\) を忘れてはならない。

ノート節内演習:有限次元複体の核と余核

線形写像 \(G:\mathbb R\to\mathbb R^3\) と \(L:\mathbb R^3\to\mathbb R\) を \(G(t)=(t,0,0)\)、\(L(x,y,z)=z\) で定める。\(L\circ G=0\) を確かめ、複体のコホモロジー \(H^0=\ker G\)、\(H^1=\ker L/\operatorname{im}G\)、\(H^2=\operatorname{coker}L\) を求めよ。

解答。 \(L(G(t))=L(t,0,0)=0\) だから複体である。順に \[ \ker G=0, \qquad \ker L=\{(x,y,0)\}, \qquad \operatorname{im}G=\{(x,0,0)\} \] なので \(H^0=0\)、\(H^1\cong\mathbb R\) で、代表元は \((0,y,0)\) と取れる。また \(L\) は全射だから \(H^2=0\) である。すなわち対称性方向を割った一次変形は1次元、障害空間は0次元である。

参考文献

Donaldson, Simon K., と Peter B. Kronheimer. 1990年. The Geometry of Four-Manifolds. Oxford University Press.