第9章 楕円性と指数が次元になるまで

Fredholm性とAtiyah-Singer 指数公式から期待次元を得る

常微分方程式との比較から始める

円周上の関数に作用する微分

\[ \frac d{d\theta}:L^2_1(S^1)\longrightarrow L^2(S^1) \]

を考える。核は定数関数で1次元である。像は平均0の関数全体なので、余核も定数関数で1次元になる。従って指数は \(1-1=0\) である。未知関数は無限個のFourier係数を持つのに、核と余核は有限次元になった。

Fourier級数 \(u(\theta)=\sum_{n\in\mathbb Z}u_ne^{in\theta}\) では、微分は各係数を \(in\) 倍する。\(n\ne0\) の成分は逆に解け、解けないのは \(n=0\) の有限個の成分だけである。楕円作用素の主記号が可逆であるという条件は、高周波成分がこのように制御され、有限個の低周波自由度だけが残ることの多次元版である。

前章の主記号計算から何を得たか

前章では、主記号を高周波の最高階部分として導入し、そのうえでASD変形複体の主記号列が完全になることを座標で確かめた。ここから分かるのは、方程式の本数を点ごとに数えるより強い事実である。高周波成分に限れば、ゲージ方向とASD方程式の線形化は余分な自由度を取り逃がさない。

方程式の本数を数えてはいけない

ASD方程式は点ごとに3成分、接続は4成分、ゲージ自由度は1成分だから \(4-3-1=0\)、という素朴な差し引きは正しくない。微分作用素の核と余核は大域境界条件と位相に依存し、各点の階数だけでは決まらない。有限次元性を保証するのは、前章で確認した主記号列の完全性である。

Sobolev完備化を選び、\(D_A:L_k^2\Omega^1\to L_{k-1}^2(\Omega^0\oplus\Omega^2_+)\) と見る。閉多様体上の楕円作用素には評価

\[ \|a\|_{L_k^2}\le C\bigl(\|D_Aa\|_{L_{k-1}^2}+\|a\|_{L^2}\bigr) \]

があり、Rellichコンパクト性と組み合わせると核と余核が有限次元、像が閉となる。つまり \(D_A\) はFredholm作用素である。

評価が有限次元性を生む仕組み

楕円評価の右辺に \(\|a\|_{L^2}\) が残っているのは、核方向を完全には制御できないからである。しかし核が無限次元なら、核の中で \(L^2\) 正規直交列

\[ D_Aa_n=0,\qquad \|a_n\|_{L^2}=1,\qquad \langle a_n,a_m\rangle_{L^2}=0\quad(n\ne m) \]

を取れる。楕円評価に \(D_Aa_n=0\) を入れると

\[ \|a_n\|_{L_k^2}\le C\|a_n\|_{L^2}=C \]

となり、列はSobolevノルムで一様有界である。Rellichコンパクト性により、部分列は \(L^2\) で強収束する。ところが \(L^2\) 正規直交列では

\[ \|a_n-a_m\|_{L^2}^2=2\quad(n\ne m) \]

なので、Cauchy部分列を持てない。これは矛盾であり、核は有限次元である。

像が閉であることも同じ評価から従う。\(D_Aa_n\) が収束する列に対し、\(a_n\) を核の \(L^2\) 直交補へ取り直す。この直交補上では核方向の自由度が消えているため、楕円評価と背理法から

\[ \|a_n\|_{L_k^2}\le C'\|D_Aa_n\|_{L_{k-1}^2} \]

型の評価が得られる。従って \(a_n\) は有界であり、弱収束とコンパクト埋め込みを使って極限 \(a\) を取り、閉グラフ性から極限値が \(D_Aa\) として像に入る。余核の有限次元性は、余核を \(\ker D_A^*\) と同一視し、随伴楕円作用素 \(D_A^*\) に核の場合と同じ議論を適用して得る。

この段階で初めて、無限次元のPDE問題から有限次元の線形代数が現れる。「方程式が楕円的である」という言葉は、この有限次元化を保証する具体的な解析命題を含んでいる。

像の閉性について、何が必要かをもう一度有限次元に近い形で見る。\(D_Aa_n\to b\) で、各 \(a_n\) を \(\ker D_A\) に直交する代表に取り直したとする。もし

\[ \|a_n\|_{L_k^2}\le C'\|D_Aa_n\|_{L_{k-1}^2} \]

がこの直交補で成り立たなければ、\(\|a_n\|_{L_k^2}=1\) かつ \(\|D_Aa_n\|\to0\) となる列を作れる。Rellichで \(L^2\) 収束部分列を取り、楕円評価に戻すと極限は非零の核元になる。しかし列は核に直交していたので矛盾する。これにより、核方向を除けば \(D_A\) は逆作用素に近い評価を持つ。余核は像の直交補であり、閉像性のもとで \(\ker D_A^*\) と同一視できるため、随伴楕円作用素に同じ議論を適用できる。

主記号と楕円評価の役割は異なる。主記号は各点と非零共変ベクトル \(\xi\) で最高階部分だけを検査する局所的な代数条件である。楕円評価は、その条件から大域的なノルム制御を引き出す解析定理である。そしてFredholm性は、閉多様体上で楕円評価とコンパクト埋め込みを組み合わせた帰結である。

\[ \text{主記号の完全性} \Longrightarrow \text{楕円評価} \Longrightarrow \text{核・余核が有限次元} \Longrightarrow \text{指数が定義できる} \]

この矢印列の最初は局所線形代数、中央は解析、最後は有限次元線形代数である。

指数が変形に強い理由

Fredholm指数を

\[ \operatorname{ind}D_A=\dim\ker D_A-\dim\operatorname{coker}D_A \]

と定義する。係数や計量を連続に変えてFredholm性が保たれる限り、指数は整数値連続関数なので一定である。この安定性が解析量を位相量へ変える入口になる。

\(SU(2)\) 束で \(c_2(P)=k\)、\(X\) が閉・向き付きならAtiyah–Singer 指数定理から

\[ \operatorname{ind}D_A =8k-3(1-b_1(X)+b_2^+(X)) \]

を得る。単連結なら \(b_1=0\) なので \(8k-3(1+b_2^+)\) である。(Donaldson と Kronheimer 1990年)

この式は局所の偏微分方程式から、\(k,b_1,b_2^+\) という位相的数だけで決まる期待次元が出ることを示す。

指数は向きデータも運ぶ

指数は数として期待次元を与えるだけではない。Fredholm作用素 \(D_A\) には行列式線束

\[ \det D_A =\Lambda^{\max}\ker D_A\otimes \left(\Lambda^{\max}\operatorname{coker}D_A\right)^* \]

が付随する。正則な点では余核が消え、この線の向きがモジュライの接空間の向きを与える。したがって、指数計算は「次元を知る」段階であり、行列式線束の向きは「数える準備をする」段階である。

この二つは別問題である。指数が0でも向きが選べなければ符号付き数え上げは定義できない。逆に向きがあっても、コンパクト性がなければ数え上げは不変量にならない。第12章で使う向きの背後には、このFredholm行列式線束がある。

具体計算:\(\mathbb{CP}^2\) と \(S^2\times S^2\)

式が抽象的に見えるので、二つの基本例で数を出す。

\(X=\mathbb{CP}^2\) では \(b_1=0\)、\(b_2^+=1\) である。従って

\[ \operatorname{ind}D_A=8k-3(1+1)=8k-6. \]

\(k=1\) なら期待次元は \(2\) である。ただし \(b_2^+=1\) なので、後で見る計量依存性では壁越えを避けられない。この例は、指数計算ができることと、不変量がただちに計量独立になることが別問題であることを教えてくれる。

\(X=S^2\times S^2\) では交点形式は双曲形式で、\(b_2^+=1\)、\(b_1=0\) である。従って同じく

\[ \operatorname{ind}D_A=8k-6. \]

一方、\(K3\) では \(b_1=0\)、\(b_2^+=3\) なので

\[ \operatorname{ind}D_A=8k-12. \]

同じ位相数でも、自己双対調和2形式の数が多いほど期待次元は小さくなる。これは、ASD方程式が「自己双対方向を消す」方程式であり、背景多様体の自己双対方向の大きさを敏感に見ることの反映である。

もう一つ、\(S^4\) を確認する。\(b_1(S^4)=b_2^+(S^4)=0\) なので

\[ d(k)=8k-3. \]

\(k=1\) では \(d(1)=5\) である。ゲージ同値で割った位相数 1のBPSTインスタントン族では、中心が4自由度、尺度が1自由度を持つことと一致する。指数公式が「4つの位置と1つの尺度」という具体的な幾何を再現することが分かる。

期待次元が負なら何を意味するか

例えば \(K3\) で \(k=1\) とすると

\[ \operatorname{ind}D_A=8-12=-4 \]

である。負の期待次元は「負次元の多様体がある」という意味ではない。一般的な摂動や計量のもとでは、正則な解が存在しないことを期待する、という意味である。もし実際に解が存在すれば、その点では正則性が失敗しているか、安定化群や障害の寄与によって単純な次元予想から外れている。

この解釈は以後何度も使う。指数は存在定理ではない。存在する解の局所次元を無条件に与えるものでもない。指数は、正則で既約な解を仮定したときの期待次元である。

期待次元と実際の次元を区別する

コホモロジーで書けば

\[ \operatorname{ind}D_A =\dim H_A^1-\dim H_A^0-\dim H_A^2. \]

既約なら中心を除いて \(H_A^0=0\) と扱える。さらに \(H_A^2=0\) なら \(\dim H_A^1=\operatorname{ind}D_A\) である。しかし \(H_A^2\ne0\) なら、線形化は全射でなく、二次項が実際の解集合を切る。従って指数は仮想的な差であって、無条件の局所次元ではない。

警告有限次元性の根拠

方程式の成分数ではなく、ゲージ固定後の楕円Fredholm作用素が有限次元核/余核を持つことが根拠である。指数を実次元と呼ぶには、安定化群と障害の消滅を別に示す必要がある。

Atiyah–Singerをどの深さで使っているか

本書ではAtiyah–Singer 指数定理を完全証明しない。必要なのは、楕円作用素の解析的指数が主記号類から決まり、特性類の積分で計算できる、という形である。この章での使い方は次の通りである。

  1. \(D_A=d_A^*\oplus d_A^+\) は楕円作用素である。
  2. その主記号は束 \(P\) と \(TX\) の位相型から決まる。
  3. 指数定理により、解析的指数は対応する特性類の積分に等しい。
  4. \(SU(2)\) 束ではその積分が \(8k-3(1-b_1+b_2^+)\) に整理される。

つまり、証明の核心を外部化しているのは指数定理そのものであり、ASD複体が楕円であること、どの作用素の指数を計算しているか、得られた数を実際の次元と混同してはいけないことは本文内で閉じている。

正則性への問い

線形化が全射でない接続を、計量や方程式への摂動で避けられるだろうか。避けられたとして、Sobolev解は滑らかか、局所チャートはどのように作られるか。次章では陰関数定理と横断性を用い、期待次元を実際の滑らかなモジュライへ変える条件を明示する。

ノート節内演習:主記号列を座標で確かめる

向き付けられた正規直交余標構 \(e^1,\ldots,e^4\) を取り、\(\xi=e^1\) とする。ASD複体の主記号列 \[ \mathbb R\xrightarrow{\,\xi\wedge\,}\Lambda^1 \xrightarrow{\,\pi_+(\xi\wedge\cdot)\,}\Lambda^2_+ \] について、第二写像の核が \(\operatorname{span}\{e^1\}\) であることを示せ。

解答。 \(a=\sum_i a_i e^i\) とし、\(\omega_1=e^{12}+e^{34}\)、\(\omega_2=e^{13}-e^{24}\)、\(\omega_3=e^{14}+e^{23}\) を自己双対基底に取ると \[ \pi_+(e^1\wedge a)=\frac12(a_2\omega_1+a_3\omega_2+a_4\omega_3). \] したがって像が0であるための必要十分条件は \(a_2=a_3=a_4=0\)、すなわち \(a=a_1e^1\) である。これは第一写像の像と一致し、\(\xi\ne0\) で記号列が中央で完全になる。

参考文献

Donaldson, Simon K., と Peter B. Kronheimer. 1990年. The Geometry of Four-Manifolds. Oxford University Press.