第6章 Yang–Mills エネルギーとASD方程式
方程式を選ぶ基準
接続 \(A\) は無限個の自由度を持つので、全てを分類することはできない。そこで、曲率が小さい接続を選ぶ。有限次元の例では、関数 \(E(x)\) の最小値を探すため \(dE/dx=0\) を解く。同じ発想で、接続に実数を割り当てる汎関数
\[ \mathrm{YM}(A)=\int_X |F_A|^2\,d\mathrm{vol} \]
を考える。これは曲率の二乗を全空間で足した量で、Yang–Millsエネルギーと呼ぶ。ゲージ変換で \(F_A\) は共役変換され、Lie代数の内積は共役で不変なので、\(\mathrm{YM}(A)\) はゲージ変換で変わらない。
ただし、単にエネルギーを最小化するだけでは位相情報が見えないように思える。4次元では、第4章のChern–Weil数と第5章の自己双対分解が同じ二つの非負数 \(\|F_A^+\|^2\), \(\|F_A^-\|^2\) を「差」と「和」で測る。この一致が位相数をエネルギーの下限へ変える。
変分を途中から省略しない
接続を \(A_t=A+ta\) と変える。ここで \(a\) はLie代数値1形式である。曲率を展開すると
\[ \begin{aligned} F_{A_t} &=d(A+ta)+(A+ta)\wedge(A+ta)\\ &=F_A+t\bigl(da+A\wedge a+a\wedge A\bigr)+t^2a\wedge a\\ &=F_A+t\,d_Aa+t^2a\wedge a. \end{aligned} \]
従って
\[ \left.\frac d{dt}\right|_{t=0}F_{A_t}=d_Aa. \]
内積を微分すると
\[ \left.\frac d{dt}\right|_{t=0}\mathrm{YM}(A_t) =2\int_X\langle d_Aa,F_A\rangle\,d\mathrm{vol}. \]
\(d_A^*\) を \(d_A\) の形式的随伴、すなわち閉多様体上で
\[ \int_X\langle d_Aa,b\rangle\,d\mathrm{vol} =\int_X\langle a,d_A^*b\rangle\,d\mathrm{vol} \]
を満たす作用素とする。任意の変分 \(a\) に対して一階変分が0になる条件は
\[ d_A^*F_A=0 \]
である。これがYang–Mills方程式である。境界がある場合には部分積分で境界項が残るため、本章では閉多様体を仮定する。
\(a\) が1形式、\(F_A\) が2形式であるとき、\(d_Aa\) と \(d_A^*F_A\) の次数を答えよ。また上の内積の両辺が積分できる理由を説明せよ。
解答。 \(d_Aa\) は2形式、\(d_A^*F_A\) は1形式である。左辺は2形式同士、右辺は1形式同士の点ごとの内積なので関数になり、体積形式を掛けて4次元多様体上で積分できる。
位相数がエネルギーの床になる
前章の分解を曲率へ適用し、\(F_A=F_A^++F_A^-\) とする。本書では
\[ \mathrm{YM}(A)=\int_X|F_A|^2d\mathrm{vol} =\|F_A^+\|_{L^2}^2+\|F_A^-\|_{L^2}^2 \]
と定義する。位相電荷(位相数)の規約を
\[ 8\pi^2k=\|F_A^-\|_{L^2}^2-\|F_A^+\|_{L^2}^2 \]
に固定する。二式を引き算すれば
\[ \mathrm{YM}(A)=8\pi^2k+2\|F_A^+\|_{L^2}^2 \]
を得る。\(k\ge0\) なら \(\mathrm{YM}(A)\ge8\pi^2k\) であり、等号はちょうど
\[ F_A^+=0 \]
のときに成立する。これが反自己双対(ASD)方程式である。符号規約や向きを反転すれば自己双対側と入れ替わるが、「位相数がエネルギー下限を与え、片側の曲率が消えると等号」という内容は変わらない。(Donaldson と Kronheimer 1990年)
和と差からASD方程式が出る
この導出を、数の問題としてもう一度読む。二つの非負数
\[ x=\|F_A^+\|_{L^2}^2,\quad y=\|F_A^-\|_{L^2}^2 \]
を考える。エネルギーは和 \(x+y\) であり、位相数は差 \(y-x\) である。差 \(y-x=8\pi^2k\) が固定されているとき、和 \(x+y\) を最小にするには、小さい側の変数 \(x\) を0にするしかない。これが \(F_A^+=0\) である。
つまりASD方程式は、見た目の対称性だけから選んだ方程式ではない。位相数で差が固定され、エネルギーで和を最小化するという初等的な構造から強制される。ここで第5章の「外積平方は差、ノルムの二乗は和」という線形代数が使われている。
エネルギー恒等式を逆向きにも読む
同じ二式からもう一つの形も得られる。
\[ \mathrm{YM}(A) =-8\pi^2k+2\|F_A^-\|_{L^2}^2. \]
したがって \(k\le0\) の向き規約では、等号を達成するのは \(F_A^-=0\) の側である。どちらをASDと呼ぶかは向きと位相数の規約に依存するが、重要なのは、固定した位相数の中でエネルギーを最小にする一次方程式が選ばれることである。
この導出は「ASD方程式を思いついた」のではない。Chern–Weil数が曲率の差を固定し、Yang–Mills エネルギーが曲率の和を測る。和と差が固定されると、片側成分を消すことが最小条件になる。
ASDならYang–Mills、逆は違う
Yang–Mills方程式はエネルギーのEuler–Lagrange方程式である。\(A_t=A+ta\) と変分すると \(\frac d{dt}F_{A_t}|_{0}=d_Aa\) なので
\[ \frac d{dt}\mathrm{YM}(A_t)\Big|_{0} =2\int_X\langle d_Aa,F_A\rangle =2\int_X\langle a,d_A^*F_A\rangle. \]
従って臨界点は \(d_A^*F_A=0\) を満たす。ASD接続では \(*F_A=-F_A\) だから、Bianchi恒等式 \(d_AF_A=0\) を使って
\[ d_A^*F_A=-*d_A*F_A=*d_AF_A=0. \]
よってASDはYang–Mills解である。しかしYang–Mills方程式はエネルギーの全ての臨界点を含み、鞍点も許す。ASDは指定した位相数で絶対最小を達成する特別なYang–Mills解であり、両者は同値ではない。
変分計算の境界項
上の変分では閉多様体であることを使っている。実際、
\[ \int_X\langle d_Aa,F_A\rangle =\int_X\langle a,d_A^*F_A\rangle \]
は形式的随伴の定義であり、境界があれば境界項が出る。本書では閉4多様体を基本仮定にしているため、この境界条件の問題を避けられる。境界付き多様体でゲージ理論を行う場合には、境界条件やFloer理論が必要になり、別の教材の主題になる。
ASD方程式はなぜ一次か
Yang–Mills方程式 \(d_A^*F_A=0\) は、接続 \(A\) に関して二階の非線形方程式である。一方、ASD方程式
\[ F_A^+=0 \]
は曲率を含むので \(A\) に関して一階である。一次方程式の方がモジュライ空間を作りやすいだけでなく、エネルギー最小性とBianchi恒等式によってYang–Mills方程式を自動的に満たす。この「一次方程式が二階方程式の特別解を選ぶ」という構造が、Donaldson理論の出発点である。
具体例:BPSTインスタントンの尺度
\(S^4\) を \(\mathbb R^4\cup\{\infty\}\) と見なし、位相電荷1のBPSTインスタントン族を考える。中心 \(x_0\) と尺度 \(\rho>0\) を持ち、曲率密度は定数倍を除いて
\[ |F_{A_{\rho,x_0}}(x)|^2 \sim \frac{\rho^4}{(\rho^2+|x-x_0|^2)^4} \]
となる。\(\rho\to0\) で高さは増し幅は縮むが、積分エネルギーは \(8\pi^2\) のまま変わらない。実際、4次元極座標の体積要素が定数倍の \(r^3dr\) であることを使い、\(r=\rho s\) と置換すると
\[ \int_0^\infty \frac{\rho^4r^3}{(\rho^2+r^2)^4}\,dr =\int_0^\infty\frac{s^3}{(1+s^2)^4}\,ds \]
となり、\(\rho\) が完全に消える。これは第11章のバブリングの局所模型である。
この例は二つのことを同時に教える。第一に、ASD解は実在する。第二に、解空間はコンパクトとは限らない。中心 \(x_0\) は動けるし、尺度 \(\rho\) は0へ近づける。したがって「エネルギー最小解を数える」だけでは不変量にならず、ゲージ商、正則性、コンパクト化が必要になる。
尺度パラメータはなぜ危険か
BPSTインスタントンの尺度 \(\rho\) は、単なる座標の取り方ではない。\(\rho\) が小さくなると曲率密度は一点に集中し、任意の固定された小球の外では接続が平坦に近づく。一方で全エネルギーは変わらない。したがって、解列は「どこかへ無限遠に逃げる」のではなく、多様体上の一点へ潰れる。
この現象はコンパクト性の失敗として最も重要である。モジュライ空間を普通の意味で閉じようとすると、\(\rho=0\) の極限は滑らかな接続ではない。しかし失われたものは完全に消えるのではなく、位置 \(x_0\) と位相電荷として残る。第11章のUhlenbeckコンパクト化は、この残り方を正確に記録する。
解をそのまま数えられない理由
\(A\) がASDなら任意のゲージ変換 \(g\) に対して \(A^g\) もASDである。従って解集合には関数空間の次元だけ冗長性があり、そのままでは有限次元の幾何にならない。一方、単純に各軌道から代表を一つ選ぼうとしても、全体で連続な選択が存在するとは限らない。
次章の課題は、まず局所的に代表を選ぶことだ。ゲージ軌道に横断するCoulombスライスを作り、商空間を解析可能な座標へ移す。