変分原理と剛性――円板は聞こえる
Rayleigh 商
Dirichlet 条件を満たす非零関数について
\[ R[u]=\frac{\int_\Omega|\nabla u|^2}{\int_\Omega|u|^2} \]
と置く。\(u=\sum a_k\phi_k\) なら部分積分により
\[ R[u]=\frac{\sum\lambda_k|a_k|^2}{\sum|a_k|^2}\ge\lambda_1. \]
よって \(\lambda_1=\min R[u]\)。区間 \((0,L)\) で試験関数 \(u=x(L-x)\) を実際に入れると
\[ \int_0^L|u'|^2dx=\int_0^L(L-2x)^2dx=\frac{L^3}{3}, \]
\[ \int_0^L|u|^2dx=\int_0^Lx^2(L-x)^2dx=\frac{L^5}{30}. \]
したがって \(R[u]=10/L^2\) で、\(\lambda_1\le10/L^2\) を得る。真値は \(\pi^2/L^2\approx9.870/L^2\) なので、単純な放物線でもかなり良い上界になる。真の正弦固有関数を入れれば等号になる。
\(\Omega_1\subset\Omega_2\) なら小領域の関数を外でゼロ延長できるため
\[ \lambda_1^D(\Omega_2)\le\lambda_1^D(\Omega_1). \]
Neumann には同じ単純な包含単調性はない。
Faber–Krahn と円板認識
有限測度の開集合 \(\Omega\subset\mathbb R^d\) と同体積の球 \(B\) について
\[ \lambda_1^D(\Omega)\ge\lambda_1^D(B). \tag{8.1} \]
等号なら、適切な意味で \(\Omega\) はほとんど至る所で球に一致する。「ほとんど至る所」とは対称差 \(\Omega\mathbin{\triangle}B\) の Lebesgue 測度が0という意味であり、任意の粗い集合について点ごとの一致を主張するものではない。本書の有界な正則連結領域の範囲では、零測度の裂け目や付加物を排除できるため合同な球と結論する。
証明の中心は次の四段階である。
- 第一固有関数を非負に取り、その上位集合 \(E_t=\{x:u(x)>t\}\) を考える。
- 各 \(E_t\) を同じ体積の同心球へ置き換えた関数 \(u^\ast\) を作る。この再配置は値の分布を保つので \(\int|u^\ast|^2=\int|u|^2\) である。
- 等周不等式と coarea 公式から Pólya–Szegő 不等式 \(\int|\nabla u^\ast|^2\le\int|\nabla u|^2\) を得る。したがって球上の Rayleigh 商は元より大きくならない。
- 等号なら、ほとんど全ての \(E_t\) で等周不等式も等号であり、それらは共通中心を持つ球でなければならない。第一固有関数が正であることと合わせると、その台である領域も球になる。
coarea 公式の直観は、山型の関数を高さ \(t\) ごとの等高線 \(\partial E_t\) へ薄く切り分け、面積上の勾配エネルギーを等高線上の積分へ積み直すことにある。各高さで同じ面積を囲む曲線のうち円が最短なので、全ての上位集合を同心円板へ丸めると必要な勾配エネルギーは増えない。第三段階の厳密な coarea と等号解析は本書では証明しない。ここで必要なのは、不等式だけでなく「途中の全てが等号になるとレベル集合の形まで固定される」ことが剛性の源だという点である。
円板 \(B\) と等スペクトルな正則領域 \(\Omega\) を仮定する。Weyl 則から面積が等しく、等スペクトル性から第一固有値も等しい。式 (8.1) の等号条件により \(\Omega\) は円板である。一般には形を聞けないが円板は聞ける。この推論は「反例がある」と「全ての形が曖昧」を区別する。
量称を明示すると、反例章が否定するのは「任意の \(\Omega_1,\Omega_2\) で、等スペクトルなら合同」という全称命題である。一方ここで証明したのは「\(\Omega_1\) が円板なら、それと等スペクトルな正則 \(\Omega_2\) は円板」という条件付き命題である。一組の反例と特定形の剛性は同時に成立する。
- 区間 \((0,L)\) で \(u(x)=x(L-x)\) の Rayleigh 商を計算せよ。
- Faber–Krahn 不等式だけから「同体積で第二固有値も円板が最小」と結論してよいか。
- 本文の積分から \(R[u]=10/L^2\)。したがって \(\lambda_1\le10/L^2\)。
- いけない。定理が最小化するのは Dirichlet 第一固有値であり、第二固有値には別の変分問題と別の最適形状解析が必要である。