第6章 因子と型:射影の「大きさ」を測り直す
Core — I/II/III型を一覧表ではなく次元論として理解する。
6.1 中心は古典的な分解可能性を測る
von Neumann環 \(M\subset B(H)\) の中心は
$$ Z(M)=MM’
$$
である。中心の射影 \(z\) があれば
$$ M=zM(1-z)M
$$
と分解できる。つまり中心は、すべての観測と可換する古典的なラベルを記録する。中心が \(\mathbb C1\) だけのvon Neumann環を因子という。因子は中心によってこれ以上分解できない成分であり、一般のvon Neumann環は因子の直積分として理解される。
6.2 射影をrankなしで比較する
有限次元では射影の大きさは像の次元、すなわちrankで測れる。無限次元の因子ではrankの整数値だけでは粗すぎる。そこで \(p,q\in M\) に対して、あるpartial isometry \(v\in M\) が
$$ v^v=p,vv^=q
$$
を満たすとき \(p\sim q\) と定義する。\(v\) は \(pH\) から \(qH\) への等長同型を実装するので、これは「\(M\) の内部で同じ次元」を意味する。
\(p\precsim q\) は、\(p\) が \(q\) の部分射影と同値であることを表す。因子では任意の二射影がこの前順序で比較可能になる。比較理論が型分類の土台である。
6.3 finite・infinite・properly infinite
射影 \(p\) が有限であるとは、\(q\le p\) かつ \(q\sim p\) なら \(q=p\) となることをいう。真部分に自分自身と同じ大きさのコピーを含む射影は無限である。
shiftはこの現象を見せる。\(B(\ell^2)\) で \(S^*S=1\)、\(SS^*=1-P_{e_0}<1\) だから、\(1\sim1-P_{e_0}\)。無限次元Hilbert空間が真部分空間とユニタリ同型になれるという集合論的事実が、環内部のpartial isometryとして記録される。
互いに直交する \(p_1,p_2\le p\) で \(p_1\sim p\sim p_2\) が存在するとき \(p\) はproperly infiniteである。
6.4 traceは非可換な体積である
有限次元行列のtraceは
$$ (ab)=(ba)
$$
を満たし、射影 \(p\) に対してrank \(p\) を返す。von Neumann環上のtraceは、正値元に値を取る加法的写像で、巡回性に相当する \(\tau(x^*x)=\tau(xx^*)\) を満たす。正規・忠実・半有限などの条件は、極限、零元の検出、有限な測定範囲をそれぞれ保証する。
有限trace \(\tau(1)<\infty\) があれば \(\tau(p)\) は射影の連続的な次元候補になる。しかしすべての因子にそのようなtraceがあるわけではない。traceの存在可能性そのものが型を分ける。
6.5 I型:最小射影がある世界
非零射影 \(p\) がminimalであるとは、\(0<q\le p\) なら \(q=p\) となることをいう。I型因子はminimal projectionを持ち、\(B(H)\) と同型である。
- \(I_n\): \(H\cong\mathbb C^n\)。射影の次元は \(0,1,\ldots,n\)。
- \(I_\infty\): \(H\) は無限次元。有限rank射影と無限射影が共存する。
I型は通常の量子力学で現れる「Hilbert空間上の全作用素」という世界であり、原子的な最小射影がある。
6.6 II型:原子なしの有限性
II型因子にはminimal projectionがないが、非零の有限射影がある。
- \(II_1\): 単位元が有限。正規化された一意の忠実normal trace \(\tau(1)=1\) を持ち、射影の次元値は連続区間 \([0,1]\) を埋める。
- \(II_\infty\): 単位元は無限だが有限射影があり、半有限traceを持つ。典型的に \(II_1\) 因子と \(B(\ell^2)\) のテンソル積で得られる。
「連続的次元」とはベクトル空間の次元を実数に置き換える比喩だけではない。Murray–von Neumann同値類に対して加法的で、順序を保つ次元関数が実際に存在し、\(II_1\) 因子では任意の \(t\in[0,1]\) をtraceにもつ射影が存在する。
6.7 III型:非零有限射影がない世界
III型因子ではすべての非零射影が無限であり、非零の半有限normal traceは存在しない。これは「traceをまだ見つけていない」という技術的不足ではなく、環の射影構造がtraceによる体積測定を禁止している。
Connesのより細かい分類ではIII型を \(III_\lambda\)(\(0\le\lambda\le1\))に分ける。ここでは完全な分類証明を扱わない。重要なのは、分類にモジュラー自己同型群とそのスペクトル的不変量が入ることである。
6.8 型分類を一枚にまとめる
| 型 | minimal projection | 非零有限射影 | traceによる次元 | 典型例 |
|---|---|---|---|---|
| \(I_n\) | あり | あり | 整数 \(0,\dots,n\) | \(M_n(\mathbb C)\) |
| \(I_\infty\) | あり | あり | rank、全体は無限 | \(B(\ell^2)\) |
| \(II_1\) | なし | あり、\(1\)も有限 | \([0,1]\) | 超有限 \(II_1\) 因子 |
| \(II_\infty\) | なし | あり、\(1\)は無限 | \([0,\infty]\) | \(R\bar\otimes B(\ell^2)\) |
| III | なし | なし | 半有限traceなし | 局所量子場理論の局所代数 |
表は判定結果であって定義の代わりではない。各行は「射影を環内部でどう比較できるか」という問題への異なる答えである。
6.9 なぜ量子場理論でIII型が現れるのか
相対論的量子場理論では、時空領域 \(O\) に局所観測代数 \(\mathcal A(O)\) を対応させる。無限に多くの短距離自由度と真空の強いentanglementのため、局所代数は有限自由度系の \(B(H_O)\) のようには分解しない。標準的なAQFTの広いクラスでは、核性・split・scaling limitなど追加の構造条件の下で、局所von Neumann環が超有限 \(III_1\) 因子になる結果が知られている。
ここで三つの主張を区別する。
- III型因子 \(M\) の内部には忠実正規半有限traceがないため、状態を \(\varphi(x)=\tau(hx)\) と一意な「密度」\(h\in L^1(M,\tau)\) で表す半有限環の記述は使えない。
- 具体表現 \(M\subset B(H)\) を固定すれば、normal汎関数がambientな \(B(H)\) 上のtrace-class作用素の制限として表せる場合はある。その作用素は \(M\) に内在的な密度行列ではなく、表現にも依存し、一般に一意でない。
- 時空を鋭く二分したときに \(H\cong H_O\otimes H_{O'}\) とtype I的に因子分解し、部分traceでreduced density operatorとvon Neumann entropyを作る描像は、そのままでは局所III型代数に適用できない。
したがって「III型には密度行列がない」という短い言い方は避ける。また「すべてのQFTの局所代数が必ず \(III_1\)」とも断定できず、モデルと仮定に依存する。[Haag; Yngvason; Takesaki I]
6.10 Tomita–Takesaki理論への入口
\(M\subset B(H)\) と、\(M\) に対して巡回かつ分離的なベクトル \(\Omega\) を取る。密に定義された反線形作用素
$$ S_0(x)=x^*(xM)
$$
を閉包し、極分解
$$ S=J^{1/2}
$$
を取る。\(J\) は反ユニタリなモジュラー共役、\(\Delta\) は正の自己共役なモジュラー作用素である。Tomita–Takesaki定理は
$$ JMJ=M’,{it}M{-it}=M
$$
を主張する。したがって
$$ _t(x)={it}x^{-it}
$$
は \(M\) の一径数自己同型群になる。
可換確率では測度と関数の積は可換なので、この時間発展は自明化しやすい。非可換環では状態が代数に内在的な力学を誘導する。平衡統計力学のKMS条件はこのモジュラー群と結びつく。詳細な証明は本書の範囲外だが、「状態と時間発展の関係」はIII型でtraceが失われた後の代替構造として現れる。
6.11 章末の確認
- 中心射影が環を直和分解することを示せ。
- \(S\) を使って \(1\sim1-P_{e_0}\) を確認せよ。
- \(II_1\) の連続次元と \(I_n\) のrankの違いを述べよ。
- III型を「traceがない」だけでなく射影の有限性から説明せよ。
- モジュラー群が「状態から生じる時間」と呼ばれる理由を式で説明せよ。