付録B 伊藤計算と停止時刻
付録B 伊藤計算と停止時刻
STATUS: この節の主張は、定理・引用定理・発見法・予想を区別して読む。 STATUS: スケーリング極限や連続極限のうち本章で証明していない入力は、本文中で外部入力として扱う。
伊藤公式の使い方
SLE 計算では、確率過程 \[ dX_t=a(X_t,Y_t)\,dt+\sqrt{\kappa}\,dB_t,\qquad dY_t=b(X_t,Y_t)\,dt \] に対して \(f(X_t,Y_t)\) を考える。伊藤公式は \[ df=f_x\,dX_t+f_y\,dY_t+\frac12 f_{xx}(dX_t)^2 \] を与える。ここで \((dB_t)^2=dt\)、\(dt\,dB_t=0\)、\((dt)^2=0\) と計算する。
この規則により、生成作用素 \[ \mathcal L = \frac{\kappa}{2}\partial_x^2 +a(x,y)\partial_x +b(x,y)\partial_y \] が出る。関数 \(f\) が \(\mathcal L f=0\) を満たせば、\(f(X_t,Y_t)\) の drift は消え、局所マルチンゲールになる。
局所マルチンゲールから真のマルチンゲールへ
局所マルチンゲールは、停止時刻で止めた範囲ではマルチンゲールである。真のマルチンゲールとして期待値保存を使うには、停止時刻を外す極限で一様可積分性などの条件を確認する必要がある。
この教材で停止時刻を何度も入れる理由は、計算を厳密にするためである。たとえば \(X_t\) が 0 に近づくと \(2/X_t\) が発散する。無限遠へ逃げる場合も境界条件が壊れる。そこで \[ \tau_{\epsilon,R}=\inf\{t:X_t\le\epsilon\text{ or }X_t\ge R\} \] で止め、区間 \([\epsilon,R]\) の内部で安全に計算し、最後に \(\epsilon\downarrow0\)、\(R\uparrow\infty\) を取る。
よくある誤り
PDE を解いた時点で確率公式が証明された、と考えるのは誤りである。必要なのは次である。
- 対象の事象を明確にする。
- その条件付き確率がどの状態変数の関数になるかを示す。
- その関数が生成作用素の方程式を満たすことを示す。
- 境界条件を事象の意味から確認する。
- 停止と極限により、局所マルチンゲールから真の確率公式へ戻す。