第5章 Schramm の分類原理
第5章 Schramm の分類原理
STATUS: この節の主張は、定理・引用定理・発見法・予想を区別して読む。 STATUS: スケーリング極限や連続極限のうち本章で証明していない入力は、本文中で外部入力として扱う。
この章で使う確率論の前提は、条件付き法則、独立増分、定常増分、Brown 運動である。連続なレヴィ過程(Lévy process)の分類は付録Aで補う。
領域マルコフ性を標準領域で読む
離散探索経路には自然な領域マルコフ性がある。途中まで探索したとき、まだ見ていない領域の色は、露出した境界条件を条件にして、同じ模型の新しい標本である。連続極限でこれに対応する性質は次である。
時刻 \(t\) までの曲線を知り、過去の hull を取り除く。残り領域を \(g_t\) で \(\mathbb H\) へ戻し、さらに \(U_t\) を 0 へ送る平行移動をする。この標準化後の未来曲線の法則が、元の曲線の法則と同じで、かつ過去と独立である。これを連続の領域マルコフ性という。
ここで重要なのは、単に「未来が同じ模型」というだけではない。容量時間で測り、hydrodynamic normalization を選び、先端を 0 へ戻した後で同じ法則へ戻る、という標準化を含む。
独立増分と定常増分
標準化後の未来の駆動関数を \(U^{(t)}_s\) と書く。合成則から、それは \[ U^{(t)}_s=U_{t+s}-U_t \] に対応する。領域マルコフ性により、この未来の法則は過去から独立である。したがって \(U_{t+s}-U_t\) は過去 \(\mathcal F_t\) と独立である。
さらに、標準化後の未来の法則は元の法則と同じなので、\(U_{t+s}-U_t\) の分布は \(U_s-U_0\) と同じである。これが定常増分である。まとめると、駆動関数 \(U_t\) は連続で、独立増分と定常増分を持つ。
確率論の基本定理により、連続な定常独立増分過程は \[ U_t=bt+\sigma B_t \] の形である。ここで \(B_t\) は標準 Brown 運動、\(b\) は drift、\(\sigma\ge0\) である。
スケーリングが drift を消す
半平面容量のスケーリング則は、空間を \(r\) 倍すると時間が \(r^2\) 倍になることを示した。等角不変性とスケーリング不変性から、標準化された駆動関数は \[ (r^{-1}U_{r^2t})_{t\ge0} \] と同じ法則を持たなければならない。
もし \(U_t=bt+\sigma B_t\) なら \[ r^{-1}U_{r^2t} =r^{-1}br^2t+r^{-1}\sigma B_{r^2t} =brt+\sigma \widetilde B_t. \] これがすべての \(r>0\) で \(bt+\sigma B_t\) と同じ法則を持つには、\(b=br\) がすべての \(r\) で必要であり、したがって \(b=0\) である。左右対称な模型では、反射 \(x\mapsto -x\) により drift が符号を変えるため、同じ結論をより直接に得る。
drift をより明示的に見る。容量時間では、空間を \(\lambda\) 倍すると時間は \(\lambda^2\) 倍になる。drift 付き候補 \[ U_t=at+\sqrt{\kappa}B_t \] をスケーリングすると \[ \lambda^{-1}U_{\lambda^2t} = \lambda a t+\sqrt{\kappa}\,\widetilde B_t. \] 元の法則と同じであるには、drift 係数が \(a\) と \(\lambda a\) の両方でなければならない。すべての \(\lambda>0\) でこれは \(a=0\) のときだけ可能である。したがって Brown 運動成分はスケーリングで保たれるが、線形 drift は保たれない。
残るのは \[ U_t=\sqrt{\kappa}B_t,\qquad \kappa=\sigma^2\ge0. \] これが Schramm の分類原理である (Schramm 2000年, 2006年)。
この章が示したのは、極限曲線が等角不変性、領域マルコフ性、容量時間で連続な駆動関数を持つなら、その極限は SLE\(_\kappa\) である、という分類である。percolation や LERW の離散曲線が実際にその仮定を満たす極限へ収束することは、第12〜14章の別問題である。
離散の領域マルコフ性と連続の領域マルコフ性の違い
離散 percolation の領域マルコフ性は、未探索セルの独立性から直接出る。すでに見たセルの色を条件にすると、見ていないセルは同じ \(p=1/2\) の独立な色である。これは格子上の事実であり、等角写像はまだ出てこない。
連続の領域マルコフ性は、これを極限曲線の言葉へ移したものである。途中までの hull を取り除くと領域が変わる。そのままでは、未来の法則は毎回違う領域上の曲線法則である。等角不変性を使ってその領域を標準領域へ戻し、さらに先端を 0 に戻すことで、初めて「同じ法則が再び始まる」と言える。
したがって、独立増分は領域マルコフ性だけから出るのではない。必要なのは、次の四つの組み合わせである。
- 過去を hull として消す。
- hydrodynamic normalization で標準写像を一意にする。
- 容量時間で未来の時間を測る。
- 先端 \(U_t\) を 0 へ平行移動し、等角不変性で元の法則と同一視する。
この四つを通すと、未来の駆動関数が \(U_{t+s}-U_t\) として現れ、過去と独立で、分布も時刻 \(t\) に依存しないことがわかる。
連続なレヴィ過程から Brown 運動へ
確率論の定理として、連続な定常独立増分過程、すなわち連続なレヴィ過程は drift 付き Brown 運動である。ここでは定理の完全証明はしないが、なぜ他の候補が消えるかを説明する。
独立増分を持つ過程には Poisson 過程のようなジャンプ過程もある。しかし駆動関数にジャンプがあると、Loewner chain の先端像が実軸上で不連続に飛ぶ。曲線の極限を連続な界面として扱う本教材の仮定とは合わない。したがってジャンプ成分は除かれる。
残る連続なノイズで、定常独立増分を持ち、分散が時間に比例するものが Brown 運動である。drift \(bt\) は決定論的な偏りであり、左右対称性またはスケーリングで消える。分散係数 \(\sigma^2\) だけは残る。この残った一つの非負パラメータを \[ \kappa=\sigma^2 \] と呼ぶ。
\(\kappa\) は単なる記号ではない。駆動関数の揺れの強さであり、曲線の幾何を変える量である。小さい \(\kappa\) では先端は比較的まっすぐ進み、大きい \(\kappa\) では実軸上を激しく揺れ、曲線は自己接触や飲み込みを起こす。第7章以降で見る幾何相は、この一つの係数から出る。
増分の計算を一度書き下す
時刻 \(t\) までの過去を固定し、標準化した未来の駆動を \(V_s^{(t)}\) とする。領域マルコフ性は、条件付きで \[ (V_s^{(t)})_{s\ge0}\overset{d}= (U_{t+s}-U_t)_{s\ge0} \] であり、右辺の法則が過去の情報に依存しないことを意味する。従って、任意の \(0=t_0<t_1<\cdots<t_n\) に対して、増分 \[ U_{t_1}-U_{t_0},\quad U_{t_2}-U_{t_1},\quad\ldots,\quad U_{t_n}-U_{t_{n-1}} \] は独立になる。時刻をずらしても同じ長さの増分の法則が同じなので、定常増分も得られる。
ここで等角不変性は、領域マルコフ性を標準半平面の同じ問題へ戻す役割を果たす。等角不変性がなければ、残り領域の形状が未来の駆動法則に残り、\(U_{t+s}-U_t\) の法則は t に依存してしまう。したがって「DMP だから Brown 運動」という言い方は短すぎる。DMP は、標準化と等角不変性を通した後に、独立定常増分へ翻訳される。
分類原理の論理範囲
分類原理の仮定を並べると、次の五段階になる。第一に、極限が一本の成長対象として定義できる。第二に、過去を hull として消した後の未来が領域マルコフ性を持つ。第三に、等角写像で標準領域へ戻した法則が元の法則と一致する。第四に、容量時間で駆動関数が連続になる。第五に、模型の左右対称性またはスケーリング不変性がある。
この五段階から SLE が分類されるが、格子模型のどの observable がこの仮定を証明するかは模型ごとに異なる。percolation では交差確率と離散正則性、LERW では Green 関数とランダムウォークの領域マルコフ性が中心になる。したがって分類原理は、各模型の収束証明を置き換える定理ではなく、極限を同定する最後の枠組みである。
本章の到達点
本章で解決した問いは、等角不変性と領域マルコフ性を Loewner 記述へ移すと、なぜ駆動関数が Brown 運動に限られるかである。残った問いは、Brown 駆動の Loewner chain が本当に曲線を生成し、その曲線の幾何が \(\kappa\) でどう変わるかである。次章では、まず hull-first の定義と trace 存在定理を分ける。