第3章 等角写像で成長済み部分を消す

第3章 等角写像で成長済み部分を消す

STATUS: この節の主張は、定理・引用定理・発見法・予想を区別して読む。 STATUS: スケーリング極限や連続極限のうち本章で証明していない入力は、本文中で外部入力として扱う。

この章で使う複素解析の前提は、上半平面、等角写像、無限遠展開である。Riemann 写像定理と Carathéodory 収束の補足は付録Cに置く。

過去を消す発想

探索経路 \(\gamma[0,t]\) が伸びたあと、残りの未来は領域 \(D\setminus \gamma[0,t]\) の中で進む。曲線空間を直接追うと、過去の形がどんどん複雑になる。そこで、成長済み部分を等角写像で消し、残り領域を標準領域へ戻す。

上半平面 \(\mathbb H\) で考える。hull \(K\) を取り除いた領域 \(\mathbb H\setminus K\) が単連結なら、Riemann mapping theorem により \(\mathbb H\) への等角写像が存在する (Ahlfors 1979年)。上半平面の自己同型は \[ z\mapsto \frac{az+b}{cz+d},\quad a,b,c,d\in\mathbb R,\ ad-bc>0 \] であり、まだ三つの実自由度が残る。chordal setting では終点を \(\infty\) に置き、無限遠で \[ g_K(z)=z+\frac{a(K)}{z}+O(|z|^{-2}) \] となるように標準化する。この条件を hydrodynamic normalization と呼ぶ。本教材では \(a(K)=2t\) と書き、\(\operatorname{hcap}(K)=2t\) を半平面容量とする。

半平面容量は長さではない

半平面容量は hull の Euclid 長ではない。無限遠から見た「どれだけ上半平面を押しのけたか」を測る量であり、写像の無限遠展開の係数で定義される。縦に長い細い slit と横に広い低い hull は、見た目の長さが似ていても容量が違う。

スケーリング則は決定的である。\(r>0\) とし、\(rK=\{rz:z\in K\}\) とする。もし \[ g_K(z)=z+\frac{2t}{z}+O(|z|^{-2}) \] なら \[ g_{rK}(z)=r\,g_K(z/r) =z+\frac{2r^2t}{z}+O(|z|^{-2}). \] したがって \[ \operatorname{hcap}(rK)=r^2\operatorname{hcap}(K). \]

図 1: 半平面容量はスケールを r 倍すると r^2 倍になる。

時間を容量で測る理由はここにある。Brown 運動も \(B_{r^2t}\) が \(rB_t\) と同じ分布を持つ。曲線の空間スケールと駆動関数の時間スケールを合わせるには、容量時間が自然である。

なぜ標準化がここまで必要なのか

Riemann mapping theorem は「どこかの等角写像が存在する」と言うだけである。存在だけでは、曲線の成長を一意の実数過程に変換できない。上半平面の自己同型が残っていると、同じ hull に対して異なる \(g_K\) が選べてしまい、先端の像 \(U_t\) も変わる。駆動関数を確率過程として議論するには、座標の自由度を先に消しておく必要がある。

chordal case では終点を \(\infty\) に置くことで、自己同型は \[ z\mapsto az+b,\qquad a>0,\ b\in\mathbb R \] まで減る。さらに無限遠で \(g_K(z)-z\to0\) とすることで \(a=1\) を固定し、展開の定数項を 0 にすることで平行移動も固定する。残る最初の追加情報を含む係数が \(1/z\) の係数であり、それを半平面容量として読む。

この標準化により、過去を消した後の領域はいつも同じ \(\mathbb H\) に戻る。先端は実軸上の一点 \(U_t\) になる。つまり、複雑な過去の形は \(g_t\) に吸収され、未来へ渡す必要がある境界データは \(U_t\) に圧縮される。

Riemann 写像定理を使う順番

Riemann 写像定理を使うときは、三つの問いを順に分けるとよい。第一に、成長済み集合を除いた領域が単連結か。第二に、無限遠をどこへ送る写像を選ぶか。第三に、その写像を時間について比較できる標準化になっているか、である。

第一の問いは hull の定義に関係する。単なる trace を除くと、曲線が囲んだ領域が残って多重連結になることがある。そこで無限遠成分から見えない部分を hull に加え、補領域を単連結に保つ。これは便利な定義上の工夫ではなく、Riemann 写像定理を毎時刻適用するための条件である。

第二の問いでは、上半平面の自己同型群が現れる。終点を無限遠へ送ると、写像は \(z\mapsto az+b\) の自由度を持つ。第三の hydrodynamic normalization はこの自由度を消し、無限遠から見た最初の変化を \(1/z\) の係数に集める。標準化を先に済ませることで、異なる時刻の写像を同じ座標で比較できる。

容量時間を使った再パラメータ化

曲線の元の歩数は、格子模型ごとに意味が違う。percolation の一歩と LERW の一歩を同じ物理時間にする理由はない。そこで、連続極限の幾何に共通する半平面容量を時間として採用する。

容量時間では \(\operatorname{hcap}(K_t)=2t\) が定義そのものになる。時間を変数変換してしまうと、Loewner 方程式の係数も変わる。SLE の分類で定常増分を使うためには、領域を標準化した後の増分が時間幅だけで比較できる必要があり、そのために容量時間が自然な選択になる。

半平面容量の手計算例

縦スリット \(K_t=[0,2i\sqrt t]\) では \[ g_t(z)=\sqrt{z^2+4t}=z+\frac{2t}{z}+O(|z|^{-3}) \] なので、\(\operatorname{hcap}(K_t)=2t\) である。高さを \(h\) と書くと \(h=2\sqrt t\) だから \[ \operatorname{hcap}([0,ih])=\frac{h^2}{2}. \] 長さ \(h\) ではなく \(h^2\) に比例する点に注意する。半平面容量は「長さ」ではなく、無限遠展開で見た二次元的な大きさである。

この計算は、後で Brown 運動が現れるための伏線でもある。空間スケールを \(h\) 倍すると容量は \(h^2\) 倍になる。Brown 運動の自然な時間スケールも空間スケールの二乗である。したがって、容量時間は確率論的分類と幾何学的標準化を同じ単位へ置く。

半円板を使った別の計算も、容量が長さでないことを示す。半径 r の小さな hull を上半平面の境界に貼り付けると、無限遠から見た摂動の一次の大きさは r ではなく r^2 になる。形状が半円でも長方形でも、十分遠くから見た最初の追加情報を含む係数は二次スケールで変わる。細部は係数に反映されるが、スケーリング次数は同じである。

この「二次である」という事実が、分類の確率論と幾何学を接続する。空間を r 倍すると容量時間は r^2 倍になる。一方、連続な定常独立増分過程がスケール不変なら、増分の分散も時間に比例し、空間の r 倍に対して r 倍になる。Brown 運動のスケーリング則と Loewner の容量則が、同じ時間の単位を指している。

本章の到達点

本章で解決した問いは、曲線の過去を等角写像で消し、半平面容量で時間を測る理由である。残った問いは、その標準化写像が時間とともにどの微分方程式を満たすかである。次章では、縦スリットを完全に計算して Loewner 方程式を導く。

参考文献

Ahlfors, Lars V. 1979年. Complex Analysis. 3番目 版. McGraw–Hill.