第1章 白黒の格子から一本の曲線へ
第1章 白黒の格子から一本の曲線へ
STATUS: この節の主張は、定理・引用定理・発見法・予想を区別して読む。 STATUS: スケーリング極限や連続極限のうち本章で証明していない入力は、本文中で外部入力として扱う。
この章で使う前提は、独立な白黒配置と境界条件だけである。確率論の詳しい道具はまだ使わない。
なぜ塊全体ではなく界面を見るのか
臨界 percolation(パーコレーション)では、各格子点または各面を独立に黒か白へ塗る。三角格子 site percolation(サイト・パーコレーション)では、格子点の色を独立に決める。大きな黒い塊、白い塊、穴、細い首、分岐が同時に現れるため、塊全体をそのまま極限へ送ると、対象が大きすぎる。ここで Dobrushin 境界条件を入れる。単連結領域 \(D\) の境界上に二点 \(a,b\) を選び、境界弧 \(ab\) の一方を黒、もう一方を白に固定する。すると、黒側と白側を分ける一本の探索経路が \(a\) から \(b\) へ走る。
この曲線はクラスターのすべてを覚えていない。しかし、境界条件の変化がどのように領域内部へ伝わるかを鋭く記録している。臨界点では大きなクラスターが多階層に現れるので、界面は格子幅を小さくしても消えず、曲がり続ける。したがって、極限を問う最小の対象として自然である。
探索経路の作り方も重要である。三角格子 site percolation を双対の六角格子で見ると、探索経路は黒い六角形を左、白い六角形を右に見ながら進む境界線である。各ステップでは、次に接する未探索のセルの色によって左へ曲がるか右へ曲がるかが決まる。つまり、曲線はクラスターの全体像をあとから輪郭抽出したものではなく、境界条件と局所的な色の情報を読みながら逐次的に生成される。
この逐次性が、後で領域マルコフ性につながる。すでに探索した部分は、いくつかのセルの色と新しい境界弧を露出させる。未探索領域の内部では、まだ見ていないセルの色は独立な臨界 percolation のままである。したがって「途中まで見た後の残りの探索経路」は、「小さくなった領域で同じ規則から始める探索経路」として記述できる。この事実は、SLE が突然現れる理由ではなく、後で駆動関数の独立増分へ翻訳される入力である。
ここでクラスターではなく界面を見るもう一つの理由がある。クラスターは分岐するが、Dobrushin 境界条件の探索経路は一本である。分岐する対象の極限では、どの枝をどの順序で読むかを別に決める必要がある。一本の界面を選ぶと、始点から終点へ向かう時間順序が最初から入る。Loewner 理論は「成長する一本の境界」を消しながら読む理論なので、この選択と相性がよい。
スケーリング極限で何を固定するか
格子幅を \(\delta\) とする。極限 \(\delta\to0\) で固定するのは、物理的な領域 \(D\)、始点 \(a\)、終点 \(b\)、境界条件、臨界パラメータである。変わるのは、近似格子 \(D^\delta\)、離散探索経路 \(\gamma^\delta\)、そして曲線の細部である。
ここでの問いは、各時刻の点が収束するかではない。格子経路は細かく振動し、自然な速度も \(\delta\) に依存する。より正しい問いは、再パラメータ化を許した曲線の法則が、あるランダム曲線の法則へ弱収束するかである。
この問いには、固定するものと忘れるものの区別が必要である。固定するのは、連続領域の形、境界点、境界条件、臨界点である。忘れるのは、格子の方位、各ステップの速度、微細なギザギザである。ただし、曲線の向きと順序は忘れない。探索経路は \(a\) から \(b\) へ進むので、ある点をいつ飲み込むか、過去を消した後に未来がどこから始まるかが意味を持つ。
たとえば単位円板で、境界上の二点を固定して格子幅を半分にする。曲線の本数は増えず、一本の曲線のステップ数だけが増える。期待する極限は「細かい折れ線の極限としての滑らかな曲線」ではない。むしろ、どの倍率で見ても同じ程度に揺らぐランダムな連続曲線である。このため、極限を測る物差しは長さではなく、曲線の法則そのものになる。
「臨界だから等角不変」とは言えない
臨界性は相関長が無限大になるという物理的直観を与える。スケールを変えても同じように見える、という期待も与える。しかし、スケール不変性は等角不変性より弱い。格子は局所的には六角形や正方形の向きを覚えており、すべての角度を保つ写像に対して分布が不変であることは、臨界性だけからは出ない。
三角格子 site percolation では Smirnov の定理により、Cardy 公式と等角不変な極限が証明される。これは特別な定理であり、「一般格子の percolation も同じ SLE\(_6\) になる」という完全な普遍性は、同じ強さでは証明されていない。したがって、本教材では次の順に進む。
- 極限曲線が等角不変性と領域マルコフ性を持つなら、なぜ SLE へ分類されるか。
- percolation や LERW では、その仮定をどのように格子から証明するか。
この分離がないと、「SLE を定義したこと」と「格子模型が SLE へ収束すること」を混同してしまう。
探索経路を実際にどう読むか
探索経路は、完成したクラスターの境界をあとから描く操作ではない。未探索のセルに出会うたびに、現在の境界上で左側に黒、右側に白が来るように次の辺を選ぶ。この規則を固定すると、色配置から曲線への写像が決まる。二つの色配置が探索経路の最初の十ステップで同じ情報を与えるなら、その十ステップまでの曲線も同じになる。
この逐次生成を小さな例で確認する。始点から最初のセルを見たとき、黒なら左へ曲がり、白なら右へ曲がるとする。次に現れる未探索セルの色が黒、白、黒なら、曲線は「左、右、左」という三つの局所的な選択をする。ただし、曲がり方の確率を独立なコイン投げとみなしてよいわけではない。すでに露出した境界の形が次に見えるセルを決めるので、曲線の形には幾何学的な相関がある。独立なのは、まだ見ていないセルの色である。
この違いは、後の領域マルコフ性の原型である。探索を時刻 n まで進めた情報を \(\mathcal F_n\) とする。未探索領域の各連結成分に対して、境界上の黒白の切り替え点を記録すれば、残りの色は条件付きでも元の積の測度を保つ。残りの探索経路は、その領域で同じ臨界模型を再開したものとして記述できる。
ただし、この離散的な性質から直ちに連続極限の領域マルコフ性が出るわけではない。格子幅を 0 に送るには、離散領域の形、境界点の近似、探索順序、曲線の再パラメータ化を同時に管理する必要がある。逐次生成規則は入力であって、極限定理そのものではない。
臨界点で何が変わるか
確率 p が臨界値から離れていると、典型的なクラスターの大きさには有限の相関長が現れる。格子幅を小さくしても、相関長を越えたスケールでは界面は局所的な揺らぎの集まりに見える。臨界点ではこの有限の長さが消え、単位領域の中に小さなクラスターから領域全体を横断するクラスターまで同時に現れる。
この多重スケール性が、界面を一つの連続曲線として見る理由である。曲線はどの倍率でも新しい折れ曲がりを持つため、通常の長さや接線で極限を記述することが難しい。一方、交差確率や境界イベントの確率は、曲線を細部まで追わずに測れる。後の Cardy 公式やマルチンゲールは、この曲線をイベントの確率で読む発想を発展させたものである。
臨界性が与えるのは、スケールをまたいだ構造が現れるという期待である。等角不変性、領域マルコフ性、そして曲線の一意な極限は別々の主張である。第1章の時点でこの三つを分離しておくと、SLE の分類と格子模型の収束証明を混同しないで済む。
本章の到達点
本章で解決した問いは、なぜ臨界模型から塊全体ではなく一本の探索経路を見るのか、である。残った問いは、その曲線の極限をどの対象として定式化するかである。次章では、曲線、跡、hull、駆動関数を分け、曲線空間だけで議論する危うさを確認する。